話し手:ヨハン・ジェンドロン氏
(シャンパーニュ・ボーモン・デ・クレイエール社 輸出マネージャー)
2023/10/27
―休眠期の“狂い”に対応策はありますか?
正直、これといった解決策はありません。
しかし栽培家ができることはあります。それは農薬と化学物質の使用をやめることです。農薬にはもちろん効果がありますが、かえって植物にとって良くないこともあります。栽培家は土壌にアプローチする方法の変革に迫られていると思います。
手作業で土壌を耕すのが良いです。道具を手に取り、土を耕すのです。化学物質や農薬を使う方が簡単ですが、それではいけません。薬剤を散布してしまったらもう終わりです。より多くの努力とエネルギーを注ぐ必要があります。昔のやり方が全て正しいとは言いませんが、改めて見直してみるべきことがいくつかあります。農薬や化学物質は長期的に見ると土壌や植物に悪い影響を及ぼします。自然なアプローチが良い傾向を示しているのは間違いありません。
ワイン以外の分野でもよく言われていますが『オーガニック』の製品に人々がすぐに飛びつくわけではありません。しかし、化学物質の使用をやめることは生産現場では確実に役立っています。根本解決ではないかもしれませんが、手助けになっています。シャンパーニュ地方のように緯度の高い産地では、以前は全く化学物質を使わずにブドウを栽培することが難しかったかもしれません。でも今なら気候変動の影響でやりやすくなってきていると思います。
―コーペラティヴ・マニピュランとしての役割
私たちは『コーペラティヴ・マニピュラン』。つまりメンバーである栽培家がブドウ持ち寄って、組合がワイン造りと販売を行う形式をとっています。組合員数は約250で創業時から変わっていません。
私は彼らと一緒に仕事をするようになって14年になるのですが、栽培農家と取組みを行い化学物質の使用をやめました。この取組みは5、6年前から段階的に始めました。それに先駆けて新しい部門を立ち上げました。3名からなる専門家のチームが、実際に畑で仕事をしながら栽培家たちにどのように耕すべきか、剪定ならいつ始めるべきで、どこをどう剪定をするかなど、ブドウ栽培の幅広く専門的なアドバイスを行います。
これは仕方のないことですが、栽培家は高齢化が進んでいます。体力的に畑で働くのが大変になってきており、既に栽培を諦めた人もいます。それでも畑は放っておくわけにいきません。これも私たちがこのサービスを提供する理由のひとつです。高齢化や何らかの理由で作業することができない場合には、専門家チームが代わって畑に入るのです。私たちはブドウ栽培農家に気候変動に対して何をすべきか、何をすべきでないか、そしていつすべきかといった最新の情報を知らせていく必要があります。チームは今まで通りのやり方を続けている一部の組合員の考え方をリフレッシュさせることにもつながっています。
―気候変動がワインの味に与える影響
気候変動はワインの味に影響を与えるでしょうが、味わいに影響を及ぼすのは気候だけではないことも事実です。まだ確信を持てていないこともあるので、いろいろな側面からお話していきましょう。
40、50年前ほどに遡ってみます。この時代には10月にブドウを収穫しても、ブドウの実が熟していなかったことがありました。11月の収穫条件はより厳しくなるので、それでも10月には収穫を行っていました。そのため、醸造で「調整」を行っていました。糖度を上げるために果汁に糖分を加えたのですが、これはシャンパーニュ地方で(今でも)補糖が許可されている理由の一つです。
しかし現代では事情が大きく異なります。熟したブドウが収穫できるのです。これはブドウの糖度や酸度、それとワインのアロマの変化を意味します。より熟した特徴、果実のニュアンスがあります。それに加えて良い酸味があり、強すぎるということもありません。過去にはそうでない年があったかもしれませんが、現在では平均的に言って良いレベルです。
個人的な見解では、今後10〜15年間は、気候変動がシャンパーニュ地域にとって負の影響よりもむしろ好影響をもたらすと思います。ワインのスタイルはより熟したスタイルに変化するでしょう。それも良いと思います。シャンパーニュは北の地域ですから、ブドウの品質が安定することはポジティブなことです。
―ミレジムが毎年続く、ということはない
※シャンパーニュ地方では作柄の良い年のみ、ヴィンテージを記載したシャンパーニュ『ミレジム』が造られる。通常はNV(ノン・ヴィンテージ)が生産される。
正確な理由はわかりませんが、今年(2023年)のブドウにはそこそこの糖度がありました。しかし酸度はそれほど高くありませんでした。酸度を期待できる条件だったのですが何らかの理由が下げた可能性があり、とても驚いています。結果的に栽培家にとっては非常に厳しい年でした。もちろん良いノン・ヴィンテージのシャンパーニュは出来ますので、それには問題ありません。しかし2023年のミレジムを造るかどうかは定かではありません。シャルドネはとてもよい収穫だったのですが、黒ブドウにとっては難しい年でしたのでフルール・ド・ムニエ(ムニエ100%)やブラン・ド・ノワール(ピノ・ノワールとムニエのブレンド)は造りません。
気候変動でブドウが熟すようになったからといって、毎年ミレジムが造れるというわけではないのです。これは以前と変わらないですね。
―ノン・ドザージュのワインが増えている
※ドザージュ/ノン・ドザージュ:スパークリングワイン製造の最終段階で行われる、糖分調整のこと。リキュールを添加することで甘味を追加する。ノン・ドザージュはこの工程を行わない極辛口。
ブドウの糖度と酸度には相関性があります。
もしブドウが完全に熟さなければ、糖度は低く、酸度が高くなります。しかし逆によく熟した場合は、糖度が高くなって酸度が下がります。糖度が上がると、アルコールの潜在量も増加します。ポジティブに考えれば、補糖を行わずともブドウの糖分だけでワインが造れます。それを背景に最近はドザージュを行わないワインが増えてきました。そういう意味では間違いなく気候変動はワインの味に影響を与えているといえます。
しかし、シャンパーニュに最も大切なのは酸度の高さです。なぜなら十分な酸味がシャンパーニュの味の特徴だからです。酸味によってシャンパーニュはコントラストのある味わいとなります。他のスパークリングワインと比べるのは良いことではないかもしれませんが、シャンパーニュよりも温暖な地域のスパークリングワインを飲んだ時に感じることがあります。充分な酸度がないと、何かずっしりとした印象の味になるのです。
―トレンドの変化がシャンパーニュを進化させる
※一般的な辛口シャンパーニュの「ブリュット」は、仕上がり製品の残糖度が12g/L未満と規定されている。
私たちが造っているノン・ヴィンテージ『グランド・レゼルヴ ブリュット』を振り返ると、10年ほど前、そのドザージュ量は約9〜10g/Lでした。しかし現在その量は必要なくなってきています。今は7~8g/Lの間ですね。ブドウの熟度が良くなっているからです。 ワイン以外の市場でもそうですが、人々は少ない糖分を好む傾向にあります。糖分を減らすことが、健康的な選択と見なされているのです。シャンパーニュの造り手はその動向に対応する必要があります。これまでとは異なる味わいのワインが求められることもあります。これはシャンパーニュ進化の一環につながっていくことでしょう。
私たちはあえてブリュット ナチュール(残唐度0~3g/Lで、ドザージュはしない製品)のラインナップを増やそうとしていません(※現時点で日本でのノン・ドザージュ品は1商品のみ)。ブリュット ナチュールの生産は収穫時の気候条件に大きく左右されますが、不確実性が高まっている(Part1を参照)ことが理由です。収穫したブドウが良ければ、ブリュット ナチュールを造ることができるでしょう。ただし、それが毎年続いていくことが条件になります。味わいにはバランスが重要です。もし酸度が高すぎたらドザージュで甘味を調整する必要だと考えています。
もちろん挑戦することはいつでも可能です。ブリュット ナチュールや、エクストラ・ブリュット(0~6g/L)を視野に入れていないわけではありません。 >③に続く