日本のワイナリーがいま急激に増えているらしい。でも身近なところで売られていない。なぜだろう。
しかも驚くほど美味しいわけじゃない上にちょっと高いらしい。なぜだろう?
なぜ、が知りたくて、今回モトックスが主催するオンラインワインセミナーに参加しました。
「日本ワインの今」を語るのは、あの『リアルワインガイド』誌の編集長、徳丸氏。ふだん滅多にメディアに出ないという徳丸編集長の生の声が聞けるとあって、根掘り葉掘り聞けるのではないかと期待大。
それでは当日のセミナー内容をご紹介しましょう!
リアルワインガイド誌発刊秘話
『リアルワインガイド』は発刊20年になるワイン専門雑誌。それまでのワイン専門誌とは毛色が全く違う、一般愛好家が良いも悪いもハッキリ書いちゃう辛辣さが発刊当時から話題でした(のちにワインの流通問題にメスを入れたことでも有名です)。
編集長である徳丸氏は23年前、いつまでたっても自分が読みたいワイン雑誌が世に出てこないことに痺れを切らして、「だったら自分で作っちゃおう」と『リアルワインガイド』を創刊しました。出版経験ゼロ、ワイン資格もなければワイン友達もいなかった徳丸氏が、当時流行っていた個人HPやブログなどでワインについて面白い記事を書いている一般愛好家を見つけ出し、本を出すから記事を書かないかとコンタクトを取っていったそう。
こうして編集部が酒屋さんでワインを購入し、愛好家さんたちとブラインドで試飲して、点数をつけて総評するというスタイルが出来ました。その内容はあくまで消費者目線。ソムリエが使うような知識のひけらかし系ワードを極力省き、飲み手がわかりやすい言葉でつづったことで、当時では革命的な雑誌が誕生したのです。
日本ワインを特集するきっかけ
発刊準備中の約22年前、徳丸氏がさんざんいろんなワインを試飲する中に日本ワインもありました。当時はどうしようもなくひどい味わいだと感じていたそう。目指せボルドーと言わんばかりに肩に力が入りまくった赤ワインは、樽香むんむん、タンニンがんがん強くて、そのわりに味はしゃばしゃば。甲州はまるで水のように薄っぺらいものでした。しかしその中にも、もしかしたら化けるかも?と思う光るワインが“ほんのちょっとだけ”あったそう。徳丸氏は何度も痛い目に遭いながら少しの希望を見出していました。
『リアルワインガイド』で最初に日本ワインを掲載したのが10号(2005年夏)、発刊から2年後のこと。自分や消費者が気になるワインだけどきっと買わないだろうな、と思うワインを特集する「気になるワイン」コーナーをつくり、「日本ワイン」と「ナチュラルワイン(当時は自然派ワインと呼んでいた)」を特集し始めたのがきっかけでした。
2009年には巻頭で日本のワインを大特集。『スーパー・コンビニで売られているワインから優良ワイナリーまで。現在の「日本ワイン」を徹底テイスティング』という切り口でした。当時は日本ワインの表示ルールがなく、「日本ワイン」と「国産ワイン」の区別もなくいっしょくたに販売されていた時代でした(2018年10月30日にラベル表示ルールが開始)。記事を読んだ一部の愛好家からは、「ブドウ栽培からワインづくりまで一貫して造っている小規模ワイナリーと、外国産原料で大量生産した国産ワインとを同じ土俵で評価してけしからん」、と言われ、いわゆる“炎上”をしたそうです。
次第に編集部で購入してブラインドテイスティングする方法から、現地ワイナリー訪問へと切り替わっていきます。きっかけはブルゴーニュワインの高騰ぶりに、編集部ではとても買えない、現地へ行って試飲したほうが安くつく、という状況。日本大好き『ドメ男』と呼ばれていた徳丸氏が決死の覚悟で人生初のパスポートを取り、ブルゴーニュ生産者を回った結果、とっても面白く、現地試飲の良さを知ったそう。ほどなくして国内ワイナリーも回ることになりました。
日本ワインの課題
徳丸氏が初めて生産者を訪れたのが12年前の山梨。そこで確信した日本ワインの問題点は「流通ができていない」ということでした。
大きな問題点は「日本ワインは買いたくても売られていない」また「熱劣化したワインが出回っている」ことです。
具体的には…、
・日本酒に右に倣えで価格体系が決められていて、酒屋のマージンが輸入ワインの半分しかない。ネットショップへの出店費用やクレカの手数料など鑑みれば、日本ワインを頑張って売っても酒屋は赤字になる。そのため酒屋が積極的に取り扱いたがらない。販売しているお店が少なくなり、消費者が入手しにくい。
・酒屋が小規模ワイナリー1軒1軒と直接取引するのは事務仕事的に大変。大手卸から仕入れる場合はバラ発注できるが、ワイナリーから直接買い取るとケース単位で発注しないといけないのでハードルが高い。
・ある程度規模のあるワイナリーは大手卸に託すことが多く、そこはワイン専門流通業者ではないため品質劣化(主に暑い場所で保管することにより起こる熱劣化)が起こっている。
徳丸氏は実は長年流通にかかわる仕事をされていたそう。その経験から、鋭い目が光りました。そこで徳丸氏が革命を起こそうとしたこと、それがモトックスとの新たな取り組みだったのです。
モトックスとの取り組み
上記の問題点を解決するためには…
・酒屋さんにも利益が残る価格体系にしよう!
・ワインを知り尽くした専門会社であるインポーターに流通を託そう!
・インポーターに日本ワインを買い付けてもらって、輸入ワインと一緒にバラ売りで注文できるようにしよう!
これらの解決策を徳丸氏とモトックスがタッグを組んで実現させたのは2020年のこと。
酒屋さんが扱いやすい商材に格上げすることで、消費者が買いやすくなり、日本ワインのますますの活性化が期待できるという仕組みです。
ワイン生産者が自らSNSで情報発信するようになった時代。日本ワイン生産者はより身近に感じられるようになりました。また輸入ワインの値上がりやコロナ禍で日本産のものが見直される中、日本ワインを買いたい消費者は増えています。
同時に日本ワインを売りたいと思う酒屋も増えています。しかし、日本ワインを扱うハードルが非常に高い。酒屋さんがモトックスから日本ワインを仕入れる仕組みができたことで、そのハードルが下げられたのです。
このような取り組みは、他のインポーター4社とも進められています。今後もっと日本ワインが買いやすくなっていくでしょう…!
生産者側の課題
3年前は350軒だったワイナリーは、2022年には450軒に迫り、ものすごい勢いでワイナリーが設立されています。それゆえに販路の行き詰まりは課題となります。ただでさえ日本ワイン愛好家は少なく、日本ワインを嗜むひとを増やしていかなければ将来はありません。
『リアルワインガイド』誌が追いかけている優良ワイナリーは60軒ほど。その60軒に「流通革命をやるよ」とずっと話し合ってきました。が、最初は猛反対。なぜなら「中間業者が入ることで価格が上がる、今まで買ってくれた人に申し訳ない、その価格では海外ワインに負ける」との理由でした。
「15年前ならわかる、でもこの先ないよ、値段あがってもいいよ。あがんなきゃおかしい、送料が違うのに、全国統一価格なんておかしい」と生産者を説得して回ったそうです。
徳丸氏は、たとえ中間業者(ここでいうモトックスのこと)が入ることで消費者に届く価格が上がったとしても、流通そのものを動かしていかないと日本ワイン業界には後がないことを必死に説明しました。今ではほぼすべてのワイナリーが納得し、協力体制になっています。
ブドウ栽培農家さんの課題
生産者には、ワイナリー自らブドウを栽培し醸造する“ドメーヌ”スタイルと、ブドウ栽培家からブドウを買い取って醸造する“ネゴシアン”スタイルがあります。ブルゴーニュだとドメーヌの方が、品質が高く、良いイメージがあります。ラテン気質のブドウ栽培農家は結構いい加減で、売れればいいやと思っている節があるそうです(徳丸氏談)。
一方日本ワインはネゴシアン形態が多いのが特徴です。それは日本のブドウ栽培農家は非常にまじめでレベルが高く、品質が良いからです。買い手であるワイナリーの要望に沿って栽培します。明日台風が来るとわかっていれば、夜を徹して対策します。そういう気質を兼ねているのが日本のブドウ栽培農家です。
しかし今の農村には大問題が発生しています。後継者がいない、農家の高齢化、耕作放棄地だらけになっている等です。
なぜ後継者がいないのか?それは、ブドウの買取価格が安いから。これに尽きます。
こんなに真面目にブドウを作っても、買取価格が安ければ誰も継ぎたいと思わないですよね。「これも改革しないといけない。これもやる」と徳丸氏。一体どんなことを始められるのか、今後がますます楽しみです。
日本ワイン2種をテイスティング
盛りだくさんのトークを終えて、後半からは徳丸氏といっしょにワインテイスティングです!
■白ワイン
生産者:ココ・ファーム・ワイナリー(栃木県足利市)
ワイン名:農民ドライ2020
ブドウ品種:ケルナー42%、ミュラートゥルガウ25%、シャルドネ14%、ソーヴィニヨン・ブラン9%、バッカス7%
柑橘のような爽やかな香り。食欲をそそるようなハーブの香りも漂います。味わいは新鮮な白桃のようにみずみずしく、軽快ですっきりしています。当日私はチーズやサラダなどいろんなアテを用意して飲んでいましたが、何を食べていてもワインがよく進みました。どんな食事にも寄り添い気軽に楽しめる素晴らしいワインだと思います。
今回なぜこのワインが選ばれたのか?という問いに、本日お集りのお客様全員にお届けできる白ワインがこれしかなかったから、だそう!(当日の参加は74名でした)それだけ日本ワインの生産量は少ないんですね。
農民ドライはブドウ品種がいろいろ混ざった“まぜこぜワイン”。徳丸氏いわく、日本ワインはこのいろんな品種が入ったまぜこぜスタイルが合っているそう。ブルゴーニュのような歴史がない分、自由なブドウ品種の組み合わせが可能です。また生産者側も自分たちの土地に合ったブドウ品種を見出すまでは、様々な品種を植樹して実験を繰り返すということです。
ココ・ファーム・ワイナリーについて
生産者の有限会社ココ・ファーム・ワイナリーは、知的障害を持った人たちをはじめ、みんながいきいきと力を発揮できるようにつくられた会社です(HPより引用)。農福連携にいち早く取り組み、地域に根差したワイン造りを行っています。1950年代にはブドウを植樹し、1980年には果実酒造免許を取得。40年以上ワインを造り続ける歴史あるワイナリーです。
取締役のブルース・ガットラヴ氏に師事し、ココ・ファームで学んだ後に独立した素晴らしいワイナリーも数多くあります(テールドシエルの桒原氏、フェルム36の矢野氏など)。ココ・ファームは日本の優良生産者の養成所のような存在です。
■赤ワイン
生産者:ヴィラデストワイナリー(長野県東御市)
ワイン名:プリマベーラ・メルロー
ブドウ品種:メルロー100%
黒果実やスパイスの香り。しなやかで伸びのある味わい。ブドウ品種構成はボルドースタイルでありながら、日本らしさを確立したといっても過言ではないような、軽やかでエレガントさを楽しめる上品な赤ワイン。
かつては世界的に強くて長熟するワインがいいとされていましたが、現在はだいぶ世界の嗜好も変わってきました。長熟しながらもエレガントな味わいがよいとされており、日本ワインはその点においてエレガントさが際立っているのが特徴となっています。例えば造る人によっては、まるでピノ・ノワールのようなメルローもあります。
ヴィラデストはまさにそのエレガントスタイルのパイオニア的存在で、昔からやわらかく繊細な味わいを造り出しています。徳丸氏いわく、「日本ならではのスタイルを持った世界に誇れる味」。世界的には力強く重厚な品種であっても、彼らの手にかかればしなやかな味わいに変化します。
ヴィラデストワイナリーについて
エッセイスト・画家として活躍していた玉村豊男氏が東御(とうみ)に移住してきたのは1991年。最初は野菜やハーブ、次第にワイン造りの情熱が開眼してブドウ栽培にのめり込みます。自らワイナリーを造り、東御でワイン造りに挑戦しよう!と持ちかけたのが現社長で当時、酒造に関わっていた若き小西氏でした。
現在では兄弟ワイナリーの「アルカン・ヴィーニュ」を立ち上げ、ワインを造る傍らで、未来の醸造家・栽培家の育成に力を入れています。玉村氏・小西氏の元で学び、独立した生産者は40名に及びます。現在の日本のワインシーンを牽引する、それがヴィラデストワイナリーです(HPより引用)。
日本ワインブームについて
徳丸氏いわく、「日本ワインが美味しくなったよと言われ始めたのは15年ほど前から。10年前より5年前、5年前より3年前。3年前に比べて今はまた品質が良くなりました。日本ワインは一時急激にブームとなりましたが、2~3年前にブームは終わりました。いまは緩やかな右肩下がり状態で、市場に定着してきているといえます」とのこと。
ブーム、終わってたんですね!?筆者は今がまさにブームだと思っていました…。ブームは去っても品質が向上していくのは大歓迎です。
海外のワイン愛好家も日本ワインの味わいに着目しています。世界中から徳丸氏に「日本ワインはどこで買えるんだ!」とオファーがあるそう。日本ワインを世界に輸出することもやります!と声高々に宣言されていました。となるとますます日本ワインが発展していきそうです。
おわりに
日本でワインをつくることは、数百年もワインをつくってきた世界の適地とは違い、高温多湿で獣害・病害・害虫などの悩みも多く、山間の畑は小さく大規模生産は難しいと思います。ですが中小規模のこだわり生産者が増えている背景には、ワインにしかない夢や浪漫があるからだと思います。日本独自の味わいが深まるとき、今よりもっと世界が注目するワインになっている気がしてなりません。
今後ますますおいしい日本ワインにたくさん出会えると思うと、楽しみです!
ご紹介したワイン・生産者
■ココ・ファーム・ワイナリー
https://cocowine.com/
■ヴィラデストワイナリー
https://www.villadest.com/
ライター紹介
Azusa Ishikawa
JSA認定ソムリエ CPA認定チーズプロフェッショナル
元ワインインポーター営業。2021年より新規就農。南信州伊那谷でりんごや梨、ワイン用ブドウ栽培に挑戦中。憧れのワイナリーはマルセル・ラピエール。