シャブリ、というワインを知っているだろうか。
くっきりとした酸、どこか鉱物を想わせるようなほろ苦さ、レモンのようなフレッシュな果実味・・・
ワイン好きの方に「シャブリといえば?」と聞くと、こんな答えが返ってくるかもしれない。
世界的な「辛口白ワインの代名詞」として君臨するシャブリ。
ワイン好きの方はもちろん、そうでなくても、名前を聞いたことがある!という方は多いと思う。
2020年のブルゴーニュワインの輸入量をみてみると、日本はなんと世界第3位。
その中で、シャブリの数量は全体の3割、白ワインだけでは5割を占めている。日本に届けられるブルゴーニュ産白ワインの半数はシャブリというのだから、日本での圧倒的な知名度も頷ける。
今日は、そんなシャブリと、そこで生まれた「石」という名前のワインの話をしよう。
シャブリの風景
私がシャブリと聞いてまず思い浮かべるのは、緑の情景である。
それは数年前の夏のこと。一度だけ、ブルゴーニュに連れて行ってもらったことがある。
ブルゴーニュの最北端であるシャブリ(ブルゴーニュの黄金の門、なんて格好いい異名もある)からスタートし、コート・ドールを南下するルートで、ロマネ・コンティの周りを散歩したり、クロ・ド・ヴージョのシャトーを見学したり、仲間からは羨ましがられるような見どころ満載の旅だった。
そんな中、最も鮮やかに記憶に残った風景の一つが、実はシャブリのグラン・クリュ(特級畑)の丘の眺めである。
偉大な畑たちがならぶ丘は、なんともなめらかな曲線を描く。初夏のブドウ畑は葉が茂って瑞々しい緑に染まり、その様子はまるで、丘の上に上等なグリーンのビロードをふわりとかけたような優美さだ。
その畑の間を真っ白な畑が走る。畑の緑と道の白さのコントラストが実に鮮やかで、6月の日差しにきらりと輝く、一枚のステンドグラス作品のようだった。
「シャブリ」という名前は、2つのケルト語が由来となっているらしい。「CAB(家)」と「LEYA(森の近く)」という言葉である。
畑の緑と森の緑に覆われた美しい土地、シャブリ。その風景を心に浮かべるだけで、なんだか気持ちが穏やかに、癒されていくようだ。
シャブリと化石、そして「石」と名付けられた白ワイン
ブルゴーニュワインを語る上で、切っても切れないのが「テロワール」の話。シャブリの秘密もやっぱり土地に隠されている。
麗しい緑の風景の下にあるのが、有名な「キンメリジャン」という土壌。
爽やかな酸味と鉱物的なミネラル感(火打石、としばしば表現される)が特徴の「辛口白ワインの代名詞」シャブリは、このキンメリジャン土壌で育まれる。
キンメリジャン土壌は、小さなカキの化石がたくさん埋まった1億5千年前くらいの太古の土壌。石に含まれるカルシウムやマグネシウムといったミネラル分が、地中の微生物によって分解されていくらしい。
土壌とワインの味わいにおける科学的な関係性は未だ議論が尽きないが、この独特な土壌と冷涼な気候が相まって、「ブルゴーニュの白ワインではなく、シャブリである」と言わしめる、特徴的な辛口白ワインが生まれるという。
そんなシャブリの地に、「ラ ピエレレ」と名付けられたワインがある。
「ピエレレ」というのは、フランス語で「石=ピエール(Pierre)」を女性形にしたもの。
初めて名前の意味を聞いた時には、鉱物的なミネラル感が特徴のシャブリとして、ぴったりな名前だと感じたものだ。
一説によれば、その土地に住む人が、シャブリのエリアのことを愛称として「ピエレレ」と呼ぶことがあるらしい。 「ラ(La)」は英語で言えば「ザ(The)」にあたるから、生産者のシャブリに寄せる特別な思いが込められた名前、ともいえるだろう。
シャブリへの想い溢れる協同組合「ラ シャブリジェンヌ」
このワインを造るのが、「ラ シャブリジェンヌ」というワイナリー。
シャブリジェンヌ、と聞いて「パリジェンヌ」という言葉を思い出すのは私だけだろうか?
聞けば、シャブリジェンヌは「シャブリに住む女性」という意味らしい。ここにもシャブリへの愛着を感じるワイナリーである。 ワイナリーロゴには、ワインを掲げて立つ女性のシルエットがあしらわれている。
シャブリジェンヌは、1923年に設立された生産者協同組合である。2つの世界大戦の狭間、当時経営危機に直面していたシャブリの生産者たちが集まって創設された。
生産者協同組合と聞くと、どんなイメージを持たれるだろうか。やっぱりブルゴーニュといえば、自社畑・自社醸造の「ドメーヌもの」の方が・・・と思う方もいるかもしれない。
シャブリジェンヌに関していえば、それは杞憂である。
ブドウ栽培は組合の農家がそれぞれ行うが、収穫に至るまでシャブリジェンヌのチームと二人三脚で取り組む。
興味深いのは、畑から醸造所へのブドウの移動方法だ。
シャブリジェンヌは「酸化」を嫌うあまり、収穫後すぐにブドウを圧搾して、マスト(=果汁)にしてから醸造所へ運んでしまう。シャブリ特有の個性を表現した透明感のあるワインに仕上げるため、ブドウを醸造所へ運ぶ、その間の酸化すら嫌ったのである。 そのため、シャブリジェンヌの組合の農家には、それぞれ圧搾機が設置されている。
また、醸造チームはシャブリでトップクラスの優秀さ。経験と最新技術はもちろん、「醸造家」としてのインスピレーションを信じて、シャブリというテロワールとひたむきに向き合っている。
厳しい時代を生き抜こうと立ち上がったこの協同組合は、今ではシャブリ全体の1/4ほどを生産している。 シャブリの輸入量世界NO.1、シャブリ好きで知られるイギリスではトップシェアを獲得するほどだ。
一方で、その品質に対する評価も極めて高い。 シャブリ最大規模の生産者であり、同時に素晴らしい品質を認められたワイナリー、シャブリジェンヌ。
名実ともに、シャブリを代表する「顔」の1つである。
シャブリジェンヌの宝物
シャブリジェンヌの自慢の1つは、シャブリ全域に広がる様々な畑たちのコレクション。
シャブリには4つのランクがあって、下から「プティ・シャブリ」「シャブリ」「プルミエ・クリュ(1級畑)」「グラン・クリュ(特級畑)」と並ぶ。彼らはそのすべてに畑を持っていて、「シャブリで最も美しいコレクション」であり、宝石のように大切なものと誇る。
「ラ ピエレレ」は「シャブリ」のランクにあるワインで、彼らの持つシャブリ全域の畑のブドウが使われる。
シャブリらしい爽やかでハッキリとした酸と、口の中にぐっと広がるほろ苦いミネラル感、そして何より明るく溌溂とした、エネルギッシュな果実味が印象的である。
スッキリとした辛口ワインだけれど、どこか力強さを併せ持つワイン。それが「ラ ピエレレ」である。
シャブリのペアリング ~「シャブリと牡蠣」はなぜ合うか?~
ワイン好きの方なら、「牡蠣にシャブリ」というペアリングを聞いたことがあるのではないだろうか。
「牡蠣にシャブリ」というペアリング
牡蠣の料理を思い浮かべると、しばしばその皿にはレモンが添えられている。
シャブリは、レモンを想わせるキレのある酸とほろ苦いミネラル感が特徴だ。さらには生まれた土壌に小さなカキの化石がたくさん埋まっているというのだから、これが合わないはずがない。
一方で、シャブリの4つのランクでいうと、最も牡蠣に合うのは「シャブリ」というのが通説。
プルミエ・クリュやグラン・クリュは、偉大な畑であるがゆえに優美で柔らかく、プティ・シャブリは逆に軽やかさが際立つ。牡蠣の(特に生牡蠣の)ワイルドな存在感に釣り合うのは、フレッシュでエネルギッシュな「シャブリ」クラスがぴったりである。 「ラ ピエレレ」は、しっかりとした果実味とミネラル感で、ちょっぴりボリュームを感じるスタイル。
牡蠣はもちろん、海老のフリットや鶏の唐揚げのようなボリュームのある料理にも、レモンをキュッと絞る感覚で合わせてみてほしい。
シャブリジェンヌに想いを馳せて
エネルギッシュといえば、すっかり余談なのだが、シャブリジェンヌのロゴの女性である。
ロゴのシルエットを見る限り、なんとなくエレガントでたおやかな印象だ。でも、シャブリジェンヌの醸造所に飾ってあるポスターを見ると、案外そうでもない。
ポスターの中の女性は、溌溂とした笑顔で、イキイキとして、エネルギーに満ち溢れている。
パリジェンヌというと、オシャレで格好よくて、自然体で暮らしを楽しんでいる、そんなイメージがある。
シャブリジェンヌがどんな女性なのかは知らないが、もしかするとこのポスターの女性や「ラ ピエレレ」のように、エネルギッシュで溌溂とした女性なのかもしれない。
「ザ・シャブリ」のような名前のワイン、「ラ ピエレレ」。
食事を一層楽しませてくれるのはもちろん、元気になりたい時、気分をリフレッシュしたい時にも、力になってくれそうだ。