ある日、同僚に「赤ペン貸して」と声をかけられたことがあった。ボールペンではなくて、ちょっと太めのペンが良いという。普段の仕事では細いペンを使うのがもっぱらだから、何に使うんだろう?と思って見ていると、彼はおもむろに、手にしたワインのラベルにペンを走らせた。
「今日、知り合いのお店の10周年のお祝いなんだ」といって見せてくれたラベルは、ずらっと51個の西暦が並んだデザインで、そのうちの1つにペンで赤く丸がつけられていた。お店ができた年のところにマークをつけて、オリジナルラベルということにしたらしい。
ほんの些細なことだけれど、なんだかとても洒落たことのような気がして、その日からこのワインは私のお気に入りになった。
そのワインの名前は、「チンクアンタ+4」。チンクアンタはイタリア語で「50」という意味だ。この名前と、51個の西暦が並ぶデザイン・・・。勘の良い方は気付かれただろうか。そう、このワイン、ワイナリーの50周年を記念して造られたワインである。
50周年だから「50」という名前をつけるなんて芸がない、と思われたかもしれないが、他にも理由があるから、もう少しお話しするのを許して欲しい。
さて、50の意味の前に、少しだけチンクアンタというワインの説明をしておこう。このワインは、その名前から想像できるようにイタリア産の赤ワインだ。プーリアという州で造られるのだが、これがまた暑いエリアで(ブーツの形といわれるイタリアのかかと部分の、さらに最先端付近にワイナリーがある)、地ブドウを使ったとっっっても濃厚な味わいに仕上がっている。濃い赤ワインが好きと聞くたびに、これまで何度となく人におすすめしてきた。
ワイナリーの創業は1962年。19人のブドウ栽培農家が集まって立ち上げられ、サン・マルツァーノという社名になった。ワインは、歴史の古いところでは紀元前から造られてきたから、1962年というとなんだまだまだ若いな、と思われるかもしれない。
でも考えてみて欲しい。50年といえば、言い方を変えれば半世紀である。創業年の1962年に何があったか調べてみたら、日本ではジャニーズ事務所が創業した年らしい(法人登記は1975年)。テレビをつければ、キラキラしたイケメンたちが当たり前のように目に飛び込んでくるけれど、それもこの50年以内の話である。もっと言うと、当時の日本でテレビと並び「三種の神器」と呼ばれた家庭の冷蔵庫の普及率は、わずか3割にも満たなかったという。それを思うと相当の年月。お祝いしたくなるもの当然だ。
サン・マルツァーノも、創業50周年を祝うべく特別なワインを造ることに決めた。造るにあたり、オーナーから当時の醸造責任者へ「今できる最も素晴らしいワイン」というオーダーが入ったわけだが、ここで醸造家は悩ましい事実に直面する。
「2011年のプリミティーヴォと、2012年のネグロアマーロ、どちらも素晴らしく出来が良い。どちらで造ろうか???」
この選択に醸造家が出した答えは「どちらも良いから、とにかく最高のものを!」だった。醸造家はこうしたのである。2011年のプリミティーヴォと、2012年のネグロアマーロを、半分ずつ混ぜてしまったのだ!
このエピソードを初めて聞いた時、ああ、なんておおらかで素敵な国なんだろうと思ったものだ。きっと(いや絶対)、最高のワインのための緻密な計算があったのだろうが、ヴィンテージの表記を捨てて、原産地呼称の表記も捨てて、最高の方法によってチンクアンタは造られた。ブレンド比率は50%-50%。チンクアンタ、のもう1つの意味である。
この時使われたブドウは、ワイナリーが設立当時から大切にしてきた樹齢50年以上の樹から収穫されたものだった。ワイナリーとともに生きてきた古木である。濃厚ながらも複雑さ、上質さに優れたワインに仕上がった。
「チンクアンタ」のうしろについている「+4」はなにかというと、実はこれにも意味がある。初めてできた2011-2012年のブドウを使ったワインを「チンクアンタ」として、2012-2013年のブドウを使ったワインを「チンクアンタ+1」、2013-2014年のブドウを使ったワインを「チンクアンタ+2」と呼んでいる。ブレンド比率がいつも50%-50%かというと、実はそうでもない。その年ごとに、ベストなブレンドで造られる。創業50周年の年を0年として、再び1年、2年と変化しながら歩みを重ねているのである。
ちなみに、今私の目の前にある「+4」のブレンド比率は、50%-50%。最初のワインと同じブレンドである。
ワイナリーのHPを見てみると、チンクアンタに合う料理が紹介されていて、ジビエやボリューミーなパスタと並び、でこのように書かれている。「A meditation wine(=瞑想ワイン)」。すごく濃厚な赤ワインなので、しっかりとした肉料理を用意してボリュームを合わせるか、いっそワイン単体をじっくり味わうのもおすすめ、ということだ。
このワイナリーは「過熟させない絶妙な収穫」が得意らしくて(大抵のワイナリーは「しっかり熟したブドウを使った」と説明することが多いから、暑い産地のプロフェッショナルならではの言い方である)、濃厚ながら渋みは強すぎず、上質な果実の甘みを感じることができる。ワイン単体で楽しんでも、十分に豊かなひと時を過ごせるだろう。
記念日といえば、俵万智さんの『サラダ記念日』の歌を思い出す。今日、あなたは誰と、どんな記念日を過ごすだろう?
いつかの記念日に想いを馳せて。新しい記念日にグラスを傾けて。特別な記念日を、チンクアンタと共に過ごしてみてはいかがだろう。
その時は、どうぞラベルにマークするのを忘れずに。
ご紹介したワイン「チンクアンタ」はこちら
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- イタリア
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赤
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NV
San Marzano vini S.p.A.
サン・マルツァーノ
Collezione 50
コレッツィオーネ・チンクアンタ +5
750ml, 3,000 yen
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