大学生の時に、アメリカ シアトルに2年弱留学で住んでいたことがあります。
午前中、短期大学の料理科に通い、料理の基礎を学びながら、夜はイタリアのエミリア・ロマーニャ州の郷土料理専門のレストランでバイトをしていました。学生ビザで滞在していた私は、正規雇用をしてもらうことができないので、見習い、という立ち位置になっており、日本帰国前に「今まで十分に給料を払ってあげられなかった代わりに」と、オーナーからイタリア エミリア・ロマーニャ行きのチケット(と、2か月滞在する間のホームステイ先)を用意してもらったのです。
私がエミリア・ロマーニャ州に滞在中、1週間だけイタリアに里帰りをしにきたオーナーが、車で連れていってくれたのがパルマ県にある小さな村「ジベッロ Zibello 」。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、極上の生ハム “クラテッロ” を産みだす場所です。
クラテッロとは、イタリアに存在する何種類もある生ハムの中でも最高級品と称されるハム。
一般的によく目にするイタリア産の生ハム プロシュートは、豚肉のモモ肉全体を使用し、その脚ごと吊るして熟成されるのですが、このクラテッロは、豚肉の中でもお尻のお肉だけを使います。そのお尻のお肉を塩漬けし、豚の膀胱に詰めてから網状の紐で縛って、貯蔵庫の中で熟成するのです。
その熟成にかかせないのが「湿度」。
ジベッロ村はエミリア・ロマーニャを東西に流れるポー川の近くにある平野に位置し湿度があるので、冬は霧が発生し、夏は蒸し暑くなります。プロシュートのように豚の脚11本を丸ごと乾燥・熟成するのは難しいですが、小ぶりなお肉であれば、その高い湿度が、しっとりと甘味が凝縮した最高のクラテッロを育んでくれるのです。
と、書いていながら、当時の私はそんなことは全く知らず、ただただ続く田舎の1本道を走るオーナーの車に乗っておりました。そして、ようやくたどり着いた小さな村のレストランで昼食をとりました。もちろん、名物クラテッロの盛り合わせです。
クラテッロはしっとりとした質感と、柔らかい甘味、旨みがあり、プロシュートと比べて脂身が少なくデリケートな味わい。専用のスライサーで薄く薄くスライスしているので、口の中でふわっと軽く、ハムとパンだけの素朴な食事なのに、とても豊かでした。
そして、クラテッロの美味しさと共に私を驚かせたもの、それが一緒にでてきた赤いスパークリングワイン。
ワインを全く知らなかった私は、少ない経験だけで「赤ワイン=酸っぱいもの」、というイメージを持っており、苦手なものでした。
「とにかくいいから、クラテッロとあわせてごらん」とオーナーが勧めてくれるので一口飲んでビックリ!
“このワイン、甘くておいしい!” そして“冷たくて、しゅわしゅわしている!”
ワインを表現するボキャブラリーを全く持ち合わせていない、当時の私が心の中でつけたあだ名は「大人の○ァンタ・グレープ」。濃厚なベリーの甘味、そして優しい泡立ちは、今まで飲んだことのある、どの赤ワインとも全く違うものでした。
塩気のあるクラテッロを食べた後飲むと、甘さが塩気をやわらげ、またハムを食べたくなる・・・という無限ループ。そしてオーナーは教えてくれました。
「このワインは、ランブルスコって言うんだよ。」と。
そこからどんどんワインにはまった・・・わけではなく、お酒と触れ合うこともなく数年レストランで働いていた私ですが、ひょんなことからモトックスに入り、ランブルスコを扱っていることを新人勉強会で知ることに。
「君はあの時の・・・!」と、時を経て巡り巡っての再会に心が震え、もっともっと、「ランブルスコ」というワインを広めたい、と、それからはせっせとランブルスコ啓蒙活動を行っていきました。
ランブルスコは、イタリア エミリア・ロマーニャ州で親しまれている、微発泡の赤ワイン。
品種の名前でもあり、それからできるワインの名前、でもあります。
もともと、ブドウは1本の木にたくさん実ができるので、大量に造られ、気軽に楽しむ、いわゆる「大衆酒」の位置づけでした。
確かに、現地で居酒屋に行った時も、グラスではなくコップででてきたこともあり、こだわりのもの、というよりは、人々が乾きを癒し、楽しむためにぐびぐび飲むワイン、という印象でした。
1970年代に、アメリカでランブルスコの一大ブームが起こり、キアンティと並んでイタリアから世界に向けて輸出が拡大されましたが、それと共に、質の悪いランブルスコが市場に出回るようになり、イタリア国内でもランブルスコ=安ワイン、という悪いイメージがついてしまうことに。
そんなランブルスコのイメージを一新するのに一役買ったのが、メディチ・エルメーテ。
現在のオーナーであるアルベルト・メディチさんが、「量より質」にこだわったランブルスコ造りをスタートします。
ランブルスコで初めての「単一畑造り(1つの畑のブドウだけで造る)」から生み出された彼らのフラッグ・シップ “コンチェルト” は、後にイタリアのワイン評価誌 ガンベロ・ロッソ誌で、ランブルスコ界で史上初めてとなる最高評価 「トレ・ビッキエーリ」受賞、それも1度だけではなく、初受賞から連続12年!トレ・ビッキエーリを獲り続けているのです。
12年ですよ?生まれた赤ん坊が小学校を卒業する間、連続で獲っているなんて本当にすごいことです。
さて、もしまだ、メディチ・エルメーテの「ランブルスコ」を飲んだことがないなら、まずは気軽に楽しめるこちらのシリーズを。
「クエルチオーリ レッジアーノ ランブルスコ」
セッコ(辛口)とドルチェ(甘口)、そしてドルチェのロザート(ロゼ)の3種類があり、フレッシュな酸味が楽しみたい方はセッコを、自然なブドウの甘味がお好きな方にはドルチェがオススメ。(私があの時初めて飲んだのは甘口、ドルチェのタイプでした。)
どちらもブルーベリーやフランボワーズ、(ロゼはイチゴ)をそのまま口に頬張っているような新鮮さがあり、フルーツカクテルのような感覚で楽しめます。きりっと冷やして楽しむワインですが、堅苦しいことは考えず、氷を浮かべて飲んでも楽しく美味しいですよ。
(ワインを凍らして造ったアイスなら最高です!)
ではこれはビギナーさん向けのワインなのか、と思われた方。
いえいえ、ランブルスコは、美食の都 エミリア・ロマーニャで産まれるワインだけあって、食前からメインまで合わせることができる「万能ワイン」なのです。
同じエリアの郷土料理、ミートソースパスタやラザニアにも、もちろん、とっても合うのですが、ぜひ試していただきたいのは「クラテッロ+冷たいバター」との現地スタイルの組み合わせ。
先述したジベッロ村でもそうだったのですが、エミリア・ロマーニャでクラテッロを頼むと、プレートにかならず、スプーンでくるくるっと巻き取った形の冷たいバター(無塩)が添えられていました。最初は「バターの塊を食べるの?」とかなり抵抗があったのですが、一緒に口にいれると、これがもう絶品。発酵バターのなんともいえない風味が鼻から抜け、そして甘味のあるクラテッロがさらにクリーミーに、まろやかになるのです。
カロリー?そんな言葉は今だけ忘れて、現地イタリア気分を味わうために、「生ハム+無縁バター、そしてランブルスコ」、ぜひお試しくださいませ。