ワインを初めて「おいしい」と感じた瞬間を、どれだけの人が覚えているだろろうか?
私は明確に覚えている出来事がある。
それは、ニュージーランドを訪れたときに飲んだ白ワイン、ソーヴィニヨン・ブランとの出会いだった。
ニュージーランドのワインと言えば「ソーヴィニヨン・ブラン」が有名だ。
この国で栽培されているブドウ品種のうちソーヴィニヨン・ブランが7割を占めており、一大産地となっている。
特にニュージーランド最大のブドウ産地「マールボロ」は、ソーヴィニヨン・ブランの銘醸地としてフランスと並ぶ勢いだ。
さぞ、歴史もあって。。。と言いたいところだが、実はニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランが世界的に有名になったのは1980年以降のこと。ごくごく最近なのだ。
ニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランの魅力はなんといっても「香り」。 トロピカルフルーツのような華やかな果実の香りと、フレッシュハーブのような清々しい香りが調和している。
フランス産のソーヴィニヨン・ブランとは異なるボリューム感は、真新しいスタイルとして世界に受け入れられ、高値で輸出されることとなり、「ニュージーランド・ソーヴィニヨン・ブラン」はこの国のワインの代名詞として、ワイン産業を大きくさせる原動力になったのだ。
そんなソーヴィニヨン・ブランと私の出会いは、20年ほど昔にさかのぼる。
私は20と少しのころ、バックパッカーとして世界を旅していた。
旅のスタート地はニュージーランド。当時ニュージーランドドルが安く、航空券を破格で購入できるというだけの理由で選んだ場所だ。英語が苦手だったから、まずは英語圏で慣れようかという思いもあった。
ビザ申請せずに滞在できる期間は3か月。その期間をかけて北島と南島をのんびりと巡ることにしたのだ。
北島を大雑把に廻ったのち船で南島に渡り、辿り着いたのが「カイコウラ」という街だった。場所はマールボロ地区の東隣に位置し、くじらやオットセイなど野生の海洋生物に出会えるウォッチングツアーが楽しめる。マオリ語(ニュージーランドの原住民の言葉)で「カイ=食べ物」「コウラ=クレイフィッシュ(伊勢海老の一種)」と名付けられたこの街の名産は、その名の通り「伊勢海老」。伊勢海老を中心としたシーフード料理が有名で、絶対に食べたい!と私はいきまいていた。
とはいえ、高級シーフードレストランで食事するほどお金が自由に使えない貧乏旅人。ならばユースホステルのキッチンを利用して伊勢海老をさばこうと、魚屋さんに出向いた。
岬にあった小さな魚屋さんでは、生簀の中で元気に動いている伊勢海老たちがお出迎え。伊勢海老を前にどうやって買おうかと悩んでいると、店員のおばちゃんが「大きさによって値段が異なるけど、もう夕方だからちょっと大きいのをサービスね」と生簀から手づかみで取り、持ち帰り用のビニール袋に入れてくれた。
『活きたまま』で。
その帰り、いつビニール袋から伊勢海老が暴れだすのではないかとハラハラしたあの道中は、なかなか忘れがたい。そしてせっかくのご馳走だからと、活きた伊勢海老片手に白ワインも購入。半分パニックだったのか、ちょっといいワインを買ってしまった。
ユースホステルに着いて暴れる伊勢海老と水浸しになるキッチンに苦戦しながらもなんとか活〆に成功!
メニューは伊勢海老のカルパッチョと、殻からだしを取ったトマトパスタ。
そして、この時に合わせたワインが、ソーヴィニヨン・ブランだったのである。
ワインはうっすらと緑がかったきれいな色。グレープフルーツを丸かじりしたような瑞々しい柑橘の香りと、芝生を彷彿とさせるようなフレッシュグリーンの香りが、グラスに注ぐと一気に広がった。
まだ全然ワインがわからない若輩者の私でも「素直に美味しい!」と、そのやわらかな酸味とさわやかさにノックアウトされたのだ。
伊勢海老のプリプリした歯ごたえと甘みと旨味をさらに引き立てる、極上ワイン!活〆の苦労も相まって、忘れられないマリアージュとなった。
あの日のワインの銘柄とは異なるが、今回おすすめしたいニュージーランドのワインは「ボートシェットベイ マールボロ ソーヴィニヨン・ブラン」。
ワイン業界最難関の資格であるマスター・オブ・ワインの称号をもつラステア・メイリング氏が手掛けるニュージーランド産のバリューブランドである。このワインは沿岸部の冷涼なアワテレ・ヴァレーと比較的温暖なワイラウ・ヴァレーというマールボロ地区の二つのサブリージョンからブドウを収穫し、別々に醸造したものをブレンドしてつくられる。
当時の感動を呼び起こすような、柑橘と青々しい香りが素晴らしい。爽快な口当たりとほんのりと残るミネラルの苦みが心地よく、いくらでも飲めてしまう味わいだ。
このワインに合わせる食材として再び伊勢海老とのマリアージュを楽しみたいけれど、さすがに活きているものを手に入れるのは難しい。お刺身用ボタン海老を買ってきて、岩塩、レモン、オリーブオイルで食べようかしら?すっかりワイン好きの大人になった私は、ワイン片手に合う料理を考えるまでになった。
かつての感動は人を成長させるのだなぁと、若いころの旅路に思いを馳せつつ、今は自宅のテーブルで「食の旅」を満喫しようと目論む日々である。