バローロの名手、「アゼリア」のワイナリー名は、設立当時、ワイナリー近くに咲いていたアザレア(西洋ツツジ)の花から来ていると耳にした。
ツツジ、と聞いて引き寄せられたのは、小学生になる前のおぼろげな記憶だった。
高知県の小さな町に住んでいた当時、ツツジが咲いているのを見つけては、よく蜜を吸ったものだ(品種によっては毒性をもつようだから、決しておすすめはできない)。その蜜の味を今ではあまり覚えていないけれど、甘さと花の香りはなんとなく思い出すことができる。
同時に浮かぶのは、一面の菜の花畑と、遮るものが何もない広くて真っ青な空、きれいな水と、体の中を通り抜ける新鮮な空気。ほんの一時期しかあの場所にはいなかったけれど、高知県の春から初夏にかけての美しい景色は、しっかりと心の中に刻み込まれている。
アゼリアの西洋ツツジと日本のツツジはまた種類が少し違うようだが、日本中あらゆる場所でツツジが咲くこの時期に、アゼリアのワインを飲んで、懐かしさに浸るのもいいかもしれない。
アゼリアは「バローロ」の造り手として知られているけれど、エントリークラスの「ランゲ ネッビオーロ」も、とても優れたワインだ。バローロはもちろん素晴らしい銘柄ではあるが、若いうちは渋みや酸味が突出しがちなので、どうしても程よく熟成するまで待ちたくなってしまう。その分、ランゲ ネッビオーロは早くから楽しめるワインなので、いつでも好きなときにコルクを抜くことができるのが魅力だ。
ワイン名の「ランゲ」というのはピエモンテ州クーネオ県にある地域のことだが、「ピエモンテのブドウ畑の景観:ランゲ、ロエロ、モンフェラート」のブドウ畑はユネスコの世界文化遺産に指定されているため、近頃は観光地としても人気を集めているそうだ。
ランゲ、ロエロ、モンフェラートは丘陵地になっていて、ピエモンテ州の中でも特にブドウ栽培が盛んな地域だ。さらに、丘陵地の谷間には名産のヘーゼルナッツが栽培されていて、特徴的で美しい風景が広がっている。
ヘーゼルナッツといえば、それをふんだんに練りこんだチョコレート「ジャンドゥーヤチョコレート」が思い出されるが、これも実はピエモンテ州が発祥の地だ。トリノで最初のチョコレート会社であるカファレル社のチョコレート職人が生み出したものらしく、誕生から現在まで、190年以上も愛され続けている。
「バローロ」や「バルバレスコ」といった銘醸ワインと、そのワインを生むブドウ畑の景観、ヨーロッパの王室や貴族も愛したチョコレートと、名物が目白押しのピエモンテ州は、ワインラバーにとっても、チョコレート好きにとっても旅の目的地にぴったりの場所となるだろう。
アゼリアの畑も、ワイナリーの人々の手によって美しく整えられている。青空に映える美しい樹々の並びは壮観だ。
収穫は全て人の手で行われるが、これはワイン造りに使用するブドウを厳選するためだ。そうして選ばれたブドウから造られるワインは、澄み切ったピュアな味わいで人々を魅了する。
特にアゼリアのランゲ ネッビオーロは、樽を使わずステンレスタンクで熟成をさせるため、ネッビオーロ種本来の風味を楽しむことができる逸品だ。
この、品種の特徴を純粋に表現するような造り方には、アゼリアのこだわりが詰まっている。1920年設立のアゼリアには、家族代々受け継いできた土地を、100年以上も大切に守り続けてきた歴史があって、その土地や畑の個性を、自然のまま、最大限に表現することがアゼリアの信念であり、ワイン造りの哲学そのものだ。
そして、純粋さはアゼリアの「ランゲ ネッビオーロ」というワインの魅力の一つであり、郷愁をかきたてる呼び水にもなる。
数年前に初夏のイタリアを訪れたことがあるが、その際に立ち寄ったどの州も、ワイナリーの近くには美しい自然が広がっていたことを鮮烈に記憶している。
一面のブドウ畑と、そこに吹き抜ける乾いた風。まだ青くて小さな果実が、強い日差しを受けて輝く。空は高く、深みのある青とそこに浮かぶ白い雲のコントラストに目を見張った。
今頃はイタリアも美しい季節を迎えていることだろう。
日本とイタリア、二つの思い出に浸りながら、子ども時代にツツジの蜜を吸ったように、今夜はアゼリアのランゲ ネッビオーロを飲んでみようか。