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南イタリア プーリアワインの酔いが誘う歴史とドラマの世界

南イタリア プーリアワインの酔いが誘う歴史とドラマの世界

最高評価を10回以上も獲得しているというワイナリー、トッレヴェント。ワインの杯を重ねながら、ワイン名である「カステル・デル・モンテ」から世界遺産のドラマに思いを馳せる、酔いが深まる夜のお話。

ワインバイヤーを務めて3年。様々な視点からの情報収集を行い、ワインの魅力を伝える立場の身としてはあるまじき、と言われては否定しようがないのだが、「最高評価獲得!」や「金賞受賞!」などの文言には普段はあまり心が動かされないのが私の本音である。
しかし、ガンベロ・ロッソの評価となると少し話が変わってくる。「ガンベロ・ロッソ」は定評のあるイタリアのワイン評価誌なのだが、ワインの味わいの評価だけでなく、ワイナリーの哲学や歴史まで記載されていることからワイン愛好家の間でひときわ人気を博してきた。しかも、高級品=高得点という構図を脱却して評価をしてきた点も、称賛されているのだ。
そのガンベロ・ロッソで「3グラス」という最高評価を10回以上も獲得しているというワイナリー、トッレヴェント。

その謳い文句は、こう畳みかける。
「サステーナブル」という言葉も昨今よく耳にするので、個人的にはもうお腹一杯ではあったのだが、ガンベロ・ロッソ誌でサステーナブル賞を受賞、土壌の生物多様性を保持、地品種の育成・保存、そしてワイナリーのあるプーリア州の地域社会・経済の発展にも貢献したことが評価… とここまで書かれていると、ひねくれものの私でもこの蔵のワインを晩酌に飲んでみないでもないか、と心揺さぶられてしまう。

ヴィーニャ・ペダーレ カステル・デル・モンテ ロッソ リゼルヴァ


今宵はせっかくなのでこのワインとプーリアという地にどっぷりと身を浸してみようか、と帰宅して早速グラスにワインを注ぐ。漂ってくる妖艶な香りに、今日のワインはどんな味わいが自分を魅了してくれるのか、胸が高鳴る。

それにしてもなんという長い名前。
カステル・デル・モンテといえば、南イタリアの世界遺産となっている城だ。1ユーロ硬貨のデザインにもなっているこのモンテ城の眼下に広がる畑で造られているのがこのワインだという。ブドウ畑が近くにあるという世界遺産の正体がいったい何なのか気になり、グラスを持っている左手とは逆の手にスマートフォンを取り、検索してみる。

1杯目。

プルーンのような甘味のある果実の香り。口に含むと滑らかな口当たりと少しスパイシーな後味。完熟した果実の甘美さが心地よい!今日はいくらでも飲めそうな気分に陥る。

モンテ城は13世紀にフリードリヒ2世(イタリア名:フェデリコ2世)が建てたとされる城、とある。「城」とはいっても、軍事施設もなく、防衛のための堀もない。現在でもこの城が建てられた理由は謎のまま。塔や中庭の形など全てが八角形づくしという点にも謎が様々あるという変わった遺産だ。 このミステリーに鼓動が高まるが、いや、早くも酔いのせいか?

2杯目。

グラスの中の深紅の輝きが目に映る。黒に近い果皮のブドウの粒から染み出る、きれいに反射するガーネット色に神聖さすら覚える。

中世のキリスト教下では、皇帝を象徴する色は赤だった。そのガーネット色を身にまとっていた、カステル・デル・モンテを建てた皇帝がフリードリヒ2世だ。
12世紀末から13世紀中頃にかけて神聖ローマ帝国皇帝の地位にあった彼は、シチーリアで幼少期を過ごし、キリスト教徒ながらイスラム教徒とも日頃から共生するというこの時代稀有な育ち方をする。

キリスト教世俗のトップとして、聖地イェルサレム奪還を目的に掲げる十字軍の遠征を引き受けることになるが、他の遠征と違い、軍事的な争いをせず話し合いによって協定を結ぶことに成功。キリスト教とイスラム教の争いが絶えなかった当時、両教徒の聖地での安全を平和的に確保したという。なんという偉業だろう!現代でも争いが絶えぬこの地で、どのような人が、どれほどの知恵と人徳を発揮したらそんなことができたのだろう、と想像が膨らむ。

しかし、フリードリヒ2世の十字軍がもたらした結果には、キリスト教のトップであるローマ法王は満足しなかったらしい。聖地の奪還は血を流すことに意味がある!という理由でフリードリヒ2世はその後、破門された人生を歩む。そのせいで、彼を模った彫刻や肖像画はすべて破壊されおり、現存しない。つまり、彼の素顔を知るすべがない。人類が二千年もの間直面させられている宗教争いの、いったんは和平に導いた人物へのミステリーはさらに深まる。

目を閉じ、フリードリヒ2世の顔を描いてみる。自分にははっきりと、優しい皇帝の表情が微笑みかけてくれている。。。気がする。いや、酔いが回って幻想でも見始めたか?

3杯目。

早くもグラスが2回も空になっている。きれいでスムースな飲み口、完熟した果実の滑らかな舌触り!さすがは南イタリア。フリードリヒ2世が滞在地として好んだというイタリアのかかとに当たるこの地は、天気が安定しており収穫時期に雨はなく病害も少ないことから、ワイン造りに理想的とされるブドウが育ちやすい。ワイナリーはこの利点を存分に活用したのだろう。トッレヴェントは実に品質の高い果実を栽培し続けている。この点も、評価されているに違いない。

さて、飽きの来ないこの味を生むブドウは何なのか。調べてみる。

「ネーロ・ディ・トロイア」、別名「ウーヴァ・ディ・トロイア」という品種は、30年ほど前までは絶滅寸前だったという。今となってはこのように日本でも飲める品種ではあるものの、それでも栽培地は非常に限られている。それにしても、このブドウの名前にまた歴史のにおいを感じる。

トロイアといえば、「トロイの木馬」でも知られるギリシャ神話の古代都市。ブラッド・ピット主演の映画「トロイ」を観ようと、DVDを再生する。映像を見ながら三千年も昔の時代に思いをはせる。映画のようなイケメンたちが、あのような争いを実際にしていたかどうかよりも、あったのかもしれないと想像すること自体が楽しい、というのが神話の魅力なのかもしれない、と思う。そして、今日はワインのせいか、いつもより空想が広がる。

神話では、英雄ディオメデスがトロイの戦地から逃げ出し、たどり着いたプーリアを理想郷と感じ、故郷ギリシャの思い出として持ってきたブドウの苗をこの新たな地に植えたことがネーロ・ディ・トロイアの起源とされている。グラスから漂うディオメデスのふるさとの香りに、さらに酔いが深まる。



4杯目。

中世、そして古代へと妄想を膨らませ、もはや夢うつつとはこのことかと思いながら酩酊状態に差し掛かる。





ワインは八千年もの間人類とともに歴史を歩んできた。私たちを日常のストレスから解放し、楽しいひと時へと誘う魅惑の液体。最近酔って千鳥足の人を街中で見かけることは減ってきたが、古代では酔うことで神との対話ができる、とされていた。陶酔状態の中で初めて人と実体のない聖なる霊とが交わることができるというのだ!

今宵はリビングでグラスを一人傾けているだけの予定だったが、どうやら歴史の主役たちとの対話が弾む夜となりそうだ。

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