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「ノブレス・デュ・タン ジュランソン・モワルー」をスズランの日に想う

「ノブレス・デュ・タン ジュランソン・モワルー」をスズランの日に想う

5月1日はスズランの日。花を贈るこの日に“誰かと一緒に飲みたい”ワインを。ドメーヌ・コアペがつくる軽やかな甘口ワイン「ノブレス・デュ・タン ジュランソン・モワルー」。

実家の庭に咲くスズランは、祖母の家の庭に咲いていたスズランを株分けしたもので、香り高く、可憐な鈴のように咲くその花は、毎年、春の訪れを告げてくれる。

5月1日。この日、フランスでは「jour de muguet = スズランの日」として、親しい人などにスズランの花を贈る習慣があるそうだ。スズランを贈られた人には幸運が訪れると言われる。

その始まりは、16世紀半ばまで遡る。
シャルル9世(1550〜1574)は、側近からスズランの花束を贈られことをそれはそれは喜び、宮廷の女性たちにスズランをプレゼントしたことに由来するのだとか。

ハッとするようなワインに出会ったとき、家族や大切な友人に、このワインを飲んでもらいたいと思うことはないだろうか。

私の頭の中に浮かんだワインは、ドメーヌ・コアペが造る「ノブレス・デュ・タン ジュランソン・モワルー」。
表情豊かな香りの後に広がる甘み。すっきりとしつつもまろやかな酸味と、樽熟成による心地よい苦みがその甘みを縁取るように伴走する。ワインのカタログには極甘口ワインと記されているが、甘みに軽やかさがある。

極甘口ワインと言えば、はちみつのような濃厚な甘みと複雑な香りを持つ、ソーテルヌの貴腐ワインを思い浮かべる人も多いだろう。一般的に「貴腐ワイン×フォアグラ」、「貴腐ワイン×ブルーチーズ」のペアリングがよく知られ、レストランで1杯だけいただく、ワイン上級者が楽しむワイン、というのが私の印象だ。しかし、このワインに出会ったとき、肩ひじ張らずにワイン単体でグラスが自然と進んだのが印象的だった。このワインを身近な誰かとこんな風に楽しんでみようか、あんな風に楽しんでみようかと様々な場面が頭をめぐり、その口福を存分に味わったのだった。

お茶の時間に、焼き菓子が好きな母と、春ならイチゴのクラフティ、秋にはアップルパイや、イチジクとカラメルのタルトと合わせてみるのはどうだろう・・・と、こんな風に。

ドメーヌ・コアぺは、スペインとフランスの国境であるピレネー山脈の麓、ジュランソンに位置する。
ワイナリーの当主は、農業と酪農を営む家庭に生まれたアンリ・ラモントゥさん。一家はブドウをはじめとする果物、小麦、トウモロコシなどを栽培していたが、特に彼はブドウの香りがたまらなく好きで、自分でブドウを育ててみたくなったのだという。ブドウと向き合い調べるうちに、栽培や醸造によってその土地の個性がワインに表れることを知り、ワインに関しての知識は一切なかったが、独学で醸造を学び1980年にワイナリーを立ち上げた。

コアペの畑はジュランソン地区にある他のワイナリーとは違った景観を見せている。多くのワイナリーがテラス式(段々畑)を採用する中で、歩くことも困難なほどの急斜面でさえ、斜面に沿って植樹する。彼らは、自然を尊重した方法を選んでいるのだ。

ソーテルヌを代表とする貴腐菌による製法など、ワインを甘口に仕上げる方法はいくつかあるが、ジュランソン地区で多く採用されているのが「パスリヤージュ」という製法。一般的なパスリアージュの製法は、ブドウの実を収穫せずに収穫時期を遅らせて、完熟を過ぎた状態にすること。そうすることで、水分が自然に蒸発して糖分が凝縮したブドウができ、甘口に仕上がるのだ。コアペでは、このパスリヤージュをさらに独自の手法で行っている。

夏の太陽をしっかりと浴びて完熟したブドウは、収穫せずに樹になったまま、秋のピレネー山脈から吹き下ろす風にさらされる。コアペでは、気温が一気に下がり始める11月上旬までに、房の上の茎にわざとハサミで傷をつけ、大切な粒が地面に落ちないように網で守りながら、ブドウから水分が抜け糖分が凝縮するのをじっと待つのだ。この茎に傷をつけるユニークな手法は、あるときアンリさんが自宅に持ち帰ったブドウを食べ忘れてしまった出来事がヒントとなって生まれた。放置されたそのブドウの茎は乾燥し、水分はすっかり抜けてしまっているのに、凝縮したなんとも言えない味わいに変化していたのだ。何とかこのときのブドウを畑で再現できないかと考えて彼が辿り着いたのが、この独自の方法なのだという。

「ノブレス・デュ・タン」はプティ・マンサンという晩熟を好む希少な品種から造られ、11月から12月にかけて、冬の寒さの中で熟練した地元の人々によって、丁寧に手摘みで収穫される。コアペでは、このワイン以外にも、ストラクチャーと残糖度が異なる数種の甘口ワインを造っていて、それぞれのワインに合わせて収穫のタイミングを変えている。そのため、10月中旬から始まる収穫は時には1月まで続き、最後の一本の樹には数粒しか残っていないという気の遠くなるような長い収穫を毎年行っているのだ。

畑、収穫、更に、収穫したブドウの冷却、3種類の圧搾機を使った果汁の絞り分けと、ワイン造りへのこだわりはまだまだ続く・・・。

「エリートが気に入るワインではなく、ワインを愛する全ての人に美味しいと言ってもらえる、そんなワインを造りたい」。そして、「人が集まり、楽しく食事をしながらワインを飲むときに、美味しい、と言ってもらえた方がどんなに価値があるだろう」とアンリさんは話す。

「最高の大地の恵みを受け、自然に耳を傾け、敬意を払いながら生きてゆく」という哲学のもと、計り知れない労力が費やされたコアペのワイン。きっと強烈な存在感が封じ込められているはずなのに、その強さとは裏腹なあの柔らかく軽やかな甘みはアンリさんの想いそのもの。そして、私がこのワインに初めて出会ったときに「誰かと一緒にこのワインを飲みたい」と感じたのは、とても自然なことだったのだ。

スズランの日にふと浮かんだ「ノブレス・デュ・タン」。
その名は「高貴な時間」という意味で、太陽の恩恵を受けてブドウがゆっくりと凝縮していく様子と、そのブドウを使って醸し出される高貴な味わいを、この美しい名前で表現しているという。

ジュランソンにほど近いポー市は、ブルボン王朝を成立させたアンリ4世の誕生の地。アンリ4世の洗礼式に使われたのはジュランソンの甘口ワインだったそう。フランスの歴史に詳しくないが、スズランの日の由来に関係が深いシャルル9世の妹が、アンリ4世の妻だったことを思うと、スズランの日に想ったワインが「ノブレス・デュ・タン」だったのは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。

参考サイト:アンリ4世 (フランス王), Wikipedia, 閲覧日2022/4/6
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AA4%E4%B8%96_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%8E%8B)

ご紹介したワイン・生産者

フランス
フランス

Domaine Cauhape

ドメーヌ・コアペ

Domaine Cauhape
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