2019年6月、アデレードにて
その日のアデレードはとても寒く、薄っすらと雨がちらついていた。
成田空港からメルボルンを経由して、半日以上かかってアデレード空港に到着したその足で、私は世界でも有数のプレミアムワインを生み出すワイナリー、ショウ・アンド・スミスを訪れた。
オーストラリアへ行くのは初めてだった。アデレード・ヒルズ(=貴婦人の丘)と言うだけあって、なだらかな丘陵が連なる景色は、曇天の中でも美しかった。
南半球にあるオーストラリアは、日本とは季節が異なる。6月の日本はもう蒸し暑い頃だったが、オーストラリアは雪こそまだ降っていなかったけれど、十分に冬らしかった。
南オーストラリア州の州都アデレード。そこでは人口130万人ほどが暮らしている。気候は非常に冷涼で、標高は190~609mに及ぶ、高級ワインで知られる産地だ。95以上のワイナリーが軒を連ね、2019年当時は3,800ha以上の栽培面積を誇っていた。
私がアデレード・ヒルズを訪れたその年の12月、オーストラリアは大規模な森林火災に見舞われた。被害は甚大で、アデレード・ヒルズでも1,100haの畑が消失し、その中にはアデレード・ヒルズ最古のピノ・ノワールも含まれたそうだ。
あのどこまでも広大な、まさに大自然と言うにふさわしい風光明媚さを思い返すと、胸がぎゅうと詰まったような感覚になる。失われてしまった美しいものを蘇らせるために、現地ではきっと今もたくさんの人々が奮闘していることだろう。
ショウ・アンド・スミスも被災し、2020年産のワインがその影響を受けた。けれども、その味わいはいつも通りに素晴らしいものだった。フレッシュさ、十分な酸味と明確な香りをもつ、ショウ・アンド・スミスらしいワイン。それらをもって、ワイナリーの底力と決して折れない矜持を体現してみせた。
2人のマスター・オブ・ワインを擁するオーストラリア屈指の銘醸ワイナリー
ショウ・アンド・スミスの設立は1989年。
オーストラリア人として初めてマスター・オブ・ワイン(世界最難関のワイン資格)を取得したマイケル・ヒル・スミス氏と、彼の従弟で醸造家でもあるマーティン・ショウ氏が立ち上げた。
ショウ・アンド・スミスにはもう一人、マスター・オブ・ワインのデイヴィッド・ルミアー氏が参画している。彼はマスター・オブ・ワイン協会の教育部門に携わりながら、数々のワインコンペティションの審査員も務め、オーストラリアの『ワイン・ビジネス誌』(Australia’s Wine Business Magazine)の記事を担当するなど、世界的に活躍する人物だ。
ショウ・アンド・スミスはアデレード・ヒルズに「レンズウッド・ヴィンヤード」と「バルハンナ・ヴィンヤード」の二つの自社畑を持ち、ソーヴィニヨン・ブラン、リースリング、シャルドネ、ピノ・ノワール、シラーズに特化したワイン造りを行っている。
彼らのワインは、どれも恐ろしく正確さがあり、品種と畑の特性を見事に反映した味わいが特徴だ。ワイナリーの顔ともいえる「ソーヴィニヨン・ブラン」や、「M3 シャルドネ」を含む人気銘柄は、世界各国のハイエンドなレストランで採用されるなど、国際的にも高く評価されている。
ワイナリー兼テイスティングルームは自社畑の一つである「バルハンナ・ヴィンヤード」の中心にあり、テイスティングルームからはショウ・アンド・スミスの美しく管理された畑の様子を望むことができる。一般客向けのテイスティングも行っているため、オーストラリア観光の際にはワイナリーを訪れるのもおすすめだ。
冷涼産地で生み出される、どこまでもエレガントなシラーズ
シラーズには様々なタイプのワインがあるけれど、濃厚な果実味と力強いタンニンをもつようなシラーズは、正直なところあまり得意ではなかった。食事と一緒になら楽しめても、普段白ワインばかりを好んで飲んでいる私には、単品ではパンチがありすぎるのだ。
赤ワインは好きだ。けれど、できればエレガントな赤ワインの方が自分にとっては好ましい。そう思っている私にとっては、ショウ・アンド・スミスの「シラーズ」との出会いはとても嬉しいものだった。
2019年当時、ワイナリーでテイスティングをしたのは2016年産のシラーズだった。その日のテイスティングノートには、こう書いてあった。
「濃厚なブルーベリーソース、スパイス、タバコの香り。果実味はジューシーだが、酸とタンニンがきれいに伸びてくる。しっかりとしたミネラル感をもち、フィネスのある、コンセントレーション(集中度や凝縮感)の高いシラーズ」
この日の試飲数はおよそ11アイテムほど。限られた時間の中で、1アイテムについて書けるコメント量はそれほど多くない。
やけにしっかりと書かれたこのコメントを読むだけで、当時の自分がどれだけこのシラーズを好きになってしまったのかを思い出すことができた。
ショウ・アンド・スミスのシラーズは、「シラーズの首都」として名高いバロッサ・ヴァレーに代表されるような、いわゆるステレオタイプの“オーストラリア・シラーズ”ではない。
同じ南オーストラリア州でも、バロッサ・ヴァレーは温暖で、非常に冷涼なアデレード・ヒルズとは気候から異なる。ショウ・アンド・スミスのシラーズは、明確な果実味をもちながら、バランスに優れ、どこまでもエレガントな味わいが特徴だ。
シラーズについては、パワフルで凝縮感のあるリッチな味わい、とのイメージが一般的にはまだまだ強いかもしれない。実際に、そういったスタイルの優れたワインも数多くあるのだけれど、普段の食事と合わせて楽しむのなら、より柔らかさのあるスタイルのシラーズの方が私にとっては好ましい。
そういった意味でも、ショウ・アンド・スミスのシラーズはとても魅力的なワインだった。
再訪を願いながら
試飲を終えてワイナリーを出ると、曇り空の中にすうっと短く虹がかかっていた。オーストラリア訪問の初日は、あいにくの天気ではあったけれど、丁寧に整えられた畑の上に現れたそれを見ていると、却って幸運だったような気持ちになった。
その日から三年が経った今でも、テイスティングノートや現地でもらった資料、写真などを見返していると、当時の情景や感情がラッシュフィルムのように鮮明に立ち上がってくる。自由に海外旅行ができない昨今、いくら熟成されて年代物になったとしても、体験の記録や記憶は貴重な宝ものだ。
またいつか、アデレード・ヒルズを訪れたときに見る景色は、かつて目にしたものとは異なっているだろう。火災の影響は根深く、ブドウ畑が復活するまでには時間が必要だ。
けれど、オーストラリアの人々が地道に手をかけて、少しずつ再生させていっている畑の眺めは、同じではなくてもきっと鮮やかで美しい。
できるだけ早くその風景を見られるよう、彼らのシラーズをグラスに注ぎながら今夜も祈っている。
ご紹介したワイン・生産者
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- オーストラリア
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赤
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2020
Shaw + Smith
ショウ・アンド・スミス
Shiraz
シラーズ
750ml, 4,500 yen
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