『ナチュラルワイン』が投じた一石
ナチュラルワインの人気によって、従来の考え方では「欠陥」とみなされてきた要素が、「ワインの個性」として許容されるようになってきました。しかしその要素も許容値を超えてしまったらやはり「欠陥」となってしまい、「まずい」と感じられてしまうかもしれません。そこで強過ぎるとワインの欠陥になってしまう代表的な要素をご紹介します。
『除光液・塗料』のような匂い
『揮発酸』が原因で起こる現象です。
ワインの揮発酸は数種類がありますが、大部分は酢酸(お酢)です。アルコールが酢酸菌によって酸化されることでできます。
酢酸はエタノールと反応して酢酸エチルとなり、除光液や塗料のような香りがついてしまうのです。酢酸菌は空気が大好きです。予防するには醸造中のワインを空気に触れさせないことや、亜硫酸を添加して死滅させることで防ぐことができます。
苦い!
ブドウジュースの糖分を酵母が食べると、代謝物としてアルコールが出来てワインになります。アルコール醗酵が終わると、こんどは乳酸菌が活動をはじめて乳酸醗酵(MFL)がはじまります。
『アクロレイン』は乳酸菌の活動によってできる物質でワインに含まれているフェノール類と結合すると強い苦みが生じます。
頭痛が起きやすい
乳酸菌は人体に有害な化合物をつくることがあります。
ヒスタミン、チエルアミン、イソアミルアミン、カダベリン、プトレシン、ジアミノペンタンといった『生体アミン』は、吐き気、ほてり、頭痛などの原因になります。
生体アミンを少量しか生産しない乳酸菌が見つかっており、培養もされています。しかしナチュラルワインの場合は天然の乳酸菌を使うことから生体アミンの量が多くなります。
『バターやポップコーン、ヨーグルト』のような香り
ブドウに含まれるクエン酸が、乳酸菌に分解されると酢酸(揮発性酸)になります。この過程でダイアセチル、ブタンジオール、アセトインといった物質が生成されるのですが、『ダイアセチル』はバターやポップコーンあるいはヨーグルトに似た強い匂いを放ちます。
『馬小屋・チーズ・汗臭い』ような匂い
好ましくない醗酵を起こす酵母『ブレタノミセス』が原因で起こります。
ブレタノミセスはブドウがジュースの状態であるときから、アルコール醗酵とMFLが終わったあとのように他の微生物が寄り付きにくい状況でも活動することができる厄介もの。ワインに深刻な害を及ぼします。
- ブドウ品種特有の個性が弱まる
- エステル分解酵素によりフルーティさが失われる
という現象が起きます。
「ナチュラルワインはどれも同じ味で個性がない」というのを感じたことがあれば、これが原因かもしれません。
程度が高くなるとブレットと表現される匂いがつきます。代表的な匂いは
- 馬小屋、納屋、汗臭さ(4EP)
- スパイシーな燻製香がする(4EG)
- チーズ、酸敗、汗臭さ(IVA)
というもの。
非常に完熟したブドウを用いた場合、ワインのPHが上がるためブレタノミセスの影響を受けやすくなります。適切なタイミングで適量の亜硫酸を使用することでブレタノミセスの問題を回避することができます。
『燃やしたマッチ、ニンニク、タマネギ、腐った卵』の匂い
硫黄に由来する匂いは、酵母の活動や酵母の死骸によってワインの中に自然発生する硫黄化合物によって起こります。。
- 硫黄化合物ができにくい酵母を選ぶ
- 窒素を含んだ添加剤を使う
などの選択肢で回避することもできますが、いずれも人的介入を嫌うナチュラルワインで用いられることはありません。
硫黄臭はボトルの中で酸素がなくなることも一因であるため、以前は気密性の高いスクリューキャップのワインで起こりやすいとされていました。ボトルのワインに微量の酸素が供給できる「コルク」を使用していた時代には顕著化せず、むしろ「コルク臭」の方が問題視されていました。そこで登場したのがスクリューキャップです。近年ではスクリューキャップの中にパッキンを入れて通過する酸素量を調節することでこの問題も解決の方向にむかっています。
果汁の糖度が高くなればなるほど硫黄化合物が過剰になるリスクが上がるので、硫黄臭には温暖化の影響も少なからずあるでしょう。
ナチュラルワインとは、おさらい
ナチュラルワインには定義がありませんが、議論の的になるのは大きく
- 農法
- 醸造(天然酵母、ノンフィルター)
- 酸化防止剤
の3つです。
天然酵母と亜硫酸の関係
ブドウ果汁に上手く天然酵母が住み着いて自然醗酵がはじまっても、必ずしもいい仕事をしてくれるとは限りません。すべての天然酵母には多種多様な変種があって好ましい性質をもつものと、そうでないものがあるからです。自然醗酵(ナチュラルワイン)では与えられるものを受け入れるしかありません。
醗酵の初期では、ブドウの果皮に多くみられるクロエッケラ属が優勢です。
これらはアルコールに弱いので少しの濃度で様々な種のカンジタ属がとってかわります。
自然醗酵では20~30種類の酵母が関与しているとみられ、アルコール4~6%になるとこれらの酵母は耐えられなくなります。
12~15%くらいのワインになるには、サッカロミセス属と、高いアルコール濃度に耐えられるほかの数種類が働くことが必要です。
ブドウの実を破砕するときに亜硫酸の殺菌作用を用いると、好ましくない酵母や腐敗菌が死滅してサッカロミセス属や丈夫な天然酵母が生き残りやすくなります。
『自然醗酵』選ぶ理由
自然醗酵、培養酵母による醗酵は双方にメリットとデメリットがあります。
自然醗酵が選ばれる理由には
- 伝統的に天然酵母で醗酵させる地域である
- ゆっくりと低温で醗酵がすすむため香気が失われない(酸化のリスクも高くなる)
- ストラクチャーが豊かでまろやかになる
- 培養酵母のコストがかからない
といったものが挙げられますが、培養酵母にも
- 適切な醗酵が適切なタイミングではじまり、問題なく終了できる
- 品種の個性が出しやすい
- 有害な物質、不要な物質ができにくい
といったメリットがあります。
天然酵母でもうまくいけば個性が強く表現でき、複雑な風味のワインができる場合があるのは事実です。ただし悪玉の酵母菌がいたら大変なことになります。リスクがメリットを上回るかどうかが重要なカギを握っています。
関連コラム
【参考】
ディヴィッド・バード/『イギリス王立化学会が教えるワイン学入門』/エクスナレッジ/2019年
ジェイミー・グッド/『新しいワインの科学』/河出書房新社/2014年