スイスの特徴
スイスはヨーロッパの中心地にありながらEUに属さない国です。ですから通貨は現在でもスイスフラン。
金融セクターが非常に発展しており、銀行や保険など国際的な金融のハブとして多くの国際企業がオフィスを構えます。安定した経済環境と高いプライバシー保護により多額の資金が流れ込んでいます。
精密機械の製造でも評価が高く、時計を筆頭に医療機器やロボティクスなど高度な技術製品は国を代表する重要な輸出商品です。
日本の九州ほどの国土で7割が山岳地帯。大小約1,500もの湖が存在し、ヨーロッパの主要河川であるローヌ川とライン川の源流があります。公用語は4つあり、大きく3つの語圏に分かれます。
スイスの人はワイン好き!
スイス人は熱心なワイン愛好家で、量も質も高いものが消費されます。
消費量の約65%が他国からの輸入ワインで、その中にはフランス・ブルゴーニュ産最高クラスのワインが含まれています。国民一人あたりのワイン消費量はフルボトル換算で年間38本。そのうち14本程度は自国産のワインです。
スイスワインは貴重!
スイスワインは国内消費が主で、輸出量は1.5%程度しかありません。観光で現地を訪れたとしても数種の量産ワインが飲まれることが多いため、情報が国外に出にくいという背景があります。これは国外でスイスワインがあまり知られていない理由の一つです。
実際のスイスワインは、豊作だった2022年で9,900万リットルが生産されました。参考までに日本ワインは150万リットル(2021年)ほどの規模ですので、スイスの人口(約878万人)を考えると実はワイン産業が盛んです。栽培されている主なブドウ品種だけで90ほどあり、希少な品種まで含めると250以上になります。
スイスワインの特徴
スイスでは大量消費市場向けの安価なワインが造られていません。
ブドウ畑はすべて個人の所有・栽培によるもので、商業的というよりはガーデニングのように美しく注意深く育てられています。1,500ほどの生産者があり(比較:日本ワインの生産者は300以上)、急斜面で重労働になることや、物価が高くコストがかかることからワインの値段は高めです。
スイスワインの生産量は白ワインが多く56%を占めます。代表的なブドウ品種はシャスラ。個性薄なところが逆に個性となる品種で、シャープな酸味の辛口が知られます。赤ワイン43%、ロゼが1%で、赤ワインは質の高いピノ・ノワールが代表です。
スイスの主なブドウ品種
白ブドウ | 栽培面積(ha) | 黒ブドウ | 栽培面積(ha) |
---|---|---|---|
シャスラ |
3,539 |
ピノ・ノワール |
3,757 |
ミュラー・トゥルガウ |
424 |
メルロー |
1,235 |
シャルドネ |
408 |
ガメイ |
1,077 |
シルヴァーナ |
318 |
ガマレ |
432 |
プティット・アルヴィン |
253 |
ガラノワール |
228 |
ピノ・グリ |
234 |
シラー |
208 |
サヴァニャン・ブラン(パイエン/ハイダ) |
226 |
コルナラン |
161 |
ソーヴィニヨン・ブラン |
213 |
ウマーニュ・ルージュ |
142 |
ピノ・ブラン |
112 |
ディオリノワール |
130 |
ヴィオニエ |
56 |
カベルネ・フラン |
85 |
ゲビュルツトラミネール |
45 |
ディヴィコ |
84 |
ミュスカ |
42 |
カベルネ・ソーヴィニヨン |
70 |
ガマレ(ガメイ × Reichensteiner B13)
ディオリノワール(Rouge de Diolly × ピノ・ノワール)
ディヴィコ(ガマレ × Bronnery)
スイスを代表する『シャスラ』
スイスで最も栽培さている「スイス白ワインのシンボル」と呼ばれるブドウ品種です。スイス以外ではおもに食用に使われているため、国をあげてシャスラのワインを生産しているのは特徴的。最も栽培に適しているのはスイス西部にあるフランス語圏のエリアです。
ピノ・ノワールも伝統的
フランスのブルゴーニュを起源にもつピノ・ノワールは、中世の中・後期には西ヨーロッパの一帯で栽培されていました。スイスでの歴史も古く1766年のものが記録上は最古ですが、実際はそれ以前から栽培されていた可能性があります。シャスラと同じくフランス語圏のヴァレー州で最も栽培されており、伝統的にガメイとブレンドされますが、単一品種の銘柄も見つかります。ブルゴーニュと同じく大陸性の気候のためスイスでも品質の高いピノ・ノワールが生産されます。
-
- スイス
-
赤
-
2022
Weingut Roman Hermann
ヴァイングート・ロマン・ヘルマン
Pinot Noir Le Petit
ピノ・ノワール ル・プティ
750ml, 7,800 yen
スイスワインの格付け
スイスワインは連邦政府が制定した複数の法律で保護されています。そのうちの農業法はAOC規定を州ごとに定めるよう義務化しており、産地によってバラつきのある複雑な規定が出来上がりました。最たる例は生産の認められているブドウ品種の数で、2017年時点の認定で168種にのぼります。2022年からスイス連邦政府はEUのワイン法と歩調を合わせることになったため今後は簡素化させる可能性があります。
現行法でのワイン等級はAOC、Vin de Pays、Vin de Tableの3つあり、3つの語圏により呼び方が変わります。
等級 | フランス語圏 | ドイツ語圏 | イタリア語圏 |
---|---|---|---|
AOC |
AOC |
KUB |
DOC |
Vins de pays |
Vins de pays |
Landwein |
IGT |
Vins de table |
Vins de table |
tafelwein |
Vino da Tavola |
AOC等級は62箇所が認められていて、州名/地域名/ローカル名の3タイプがあります。
プルミエ・クリュとグラン・クリュ
フランス語圏の2州で畑の格付け規定を運用しており、一級畑(プルミエ・クリュ)、特級畑(グラン・クリュ)がヴァレー州、ヴォー州の2州に見られます。その他の州やドイツ語、イタリア語圏には畑の格付けルールはありません。
語圏 | 州 | プルミエ・クリュ | グラン・クリュ |
---|---|---|---|
フランス |
ヴァレー州 |
× |
〇※1 |
フランス |
ヴォー州 |
〇※2 |
〇※3 |
※1 指定された生産地で指定ブドウ品種使うこと
※2 単一畑で、品種ごとの作付け面積・収量・糖度などが基準を満たすこと
※3 単一畑で、ブドウの使用量・糖度などが基準を満たすこと
スイスワインに合う名物料理
■フランス語圏
ヴァリサー・トロッケンフライッシュ(Walliser Trockenfleisch)
牛の赤身肉を塩で乾燥・熟成させたハム。生で食される。ヴァレー州の名物です。
ラクレット
牛乳のチーズ。火やストーブであぶってトロけた部分をジャガイモなどですくいます。『アルプスの少女ハイジ』の暖炉にかざして食べるシーンは印象的でした。
湖で獲れた魚の料理
淡水魚をムニエル、フライ、燻製で料理したものが地元の名物料理になっています。
■ドイツ語圏
薄切りの仔牛肉とマッシュルームのクリーム煮込み(Geschnetzeltes)
肉とジャガイモや野菜と煮込み(Bernerplatte)
牛肉の塊やハム、ベーコン、牛タン、豚肉、鶏肉、ソーセージなどを野菜とジャガイモと一緒に煮込む料理。
Capuns
玉ねぎ、ベーコン、ハーブ入りの小麦粉で作った餡を、スイスチャード(フダンソウ)で巻いてクリームソースとオーブン料理。スイスチャードをほうれん草で代用して作っても美味しそうです。
■イタリア語圏
オッソブーコ(オーソブッコ)
イタリア料理の定番のひとつ。仔牛のすね肉と、野菜のトマトソース煮込み。
ポレンタ
トウモロコシの粉をお湯や出汁でのばしてお粥状にした料理。
スイスの公用語は4つ
スイスはドイツ語、フランス語、イタリア語とロマンス語が公用語です。
大きく3つの語圏(ドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏)に分かれています。
スイスの語圏と産地図
フランス語圏(スイス・ロマンド)
スイス西側にあり、ワインの生産量は国内の7割以上を占めます。
- ヴァレー州(Valais)
- ヴォー州(Vaud)
- ジュネーヴ(Geneve)
- スリーレイクス(三湖地方)
- ジュラ州(Jura)
5つの産地に分かれており、ヴァレー州、ヴォー州の順に生産量があります。差を開けて3番目のジュヴネーヴ州以下につながります。
ヴァレー(Valais)
スイス最大のワイン産地。レマン湖から流れるローヌ川沿いにグラン・クリュに認められた畑があります。輝く陽光に、乾燥する夏というアルプス特有の気候です。650~1,150mmの高標高で年間の降水量は650mmと少なく(比較:東京約1,500mm)。日照時間は2,500時間。凝縮感のある完熟したブドウができます。ファンダン(シャスラ)の白、ピノ・ノワールやシラーの赤ワインをはじめ数多くのブドウ品種からワインが生産されています。州の1/5程度を共同組合プロヴァンがてがけます。
伝統的な赤ワインのドールはピノ・ノワールを主体にガメイをブレンド。レーズを使った希少な白ワインのヴァン・デ・グラシエ(氷河のワイン)など、独自の文化が育んだワインも産出されます。
白
アルヴィン(プティ・アルヴィン)、アミーニュ、ウマーニュ・ブラン、パイエン(ハイダ)=サヴァニャン・ブラン、レーズ
赤
コルナラン(ルージュ・デュ・ペイ)、ウマーニュ・ルージュ など。
ヴォー(Vaud)
レマン湖北岸一帯に広がるスイス第二のワイン産地です。ローザンヌ市が所有する古いドメーヌや、個人所有の中世の城館を中心に伝統的なワイン造りが行われています。標高375~700mで降水量は1,200mmあります。日照時間は1,800時間。湖周辺の穏やかな気候によってヴァレーのように凝縮するのではなく、成熟がゆっくり進みます。シャスラが生産量の約60%を占め、土壌が多様で湖の影響を受けて多彩な味わいのシャスラが生産されています。
11世紀にシトー派の修道士が築いたラヴォー地区の湖岸の美しい段々畑は一度は目にしておきたいものです。グラン・クリュに指定されているカラマン、デザレーが最大の尊敬を集めます。
ジュネーヴ(Geneve)
シャスラの白と、ガメイの赤が中心に栽培されています。ガメイはシャスラよりも栽培されるほど人気です。軽やかな花の香りがするシャスラはペルラン(Perlan)の愛称で親しまれます。
スリーレイクス
ヌーシャテル湖、ビール湖、ムルテン湖の周辺エリア。
南向きの斜面で繊細なシャスラが多く造られます。軽い発泡性で活力のあるスタイルです。ピノ・ノワールも栽培されておりヌーシャテルの名物ロゼ『ウイユ・ド・ペルドゥリ』(=ヤマウズラの目)や、トラディショナル方式の発泡性ワインが造られます。ヌーシャテャルには毎年1月第三水曜日に売り出されるノンフィルターのシャスラも地元で愛されます。
ドイツ語圏(スイス・アルモン)
スイス中央部と東側がドイツ語圏で、全体の約18%を産出しています。17の生産州が含まれ、都市部を離れたひっそりとした場所に日照に恵まれる畑が点在しています。主力白ブドウのミュラー・トゥルガウは、ミュラー博士がトゥルガウ州でリースリングとマドレーヌ・ロワイヤルを交配して育成。黒ブドウは17世紀にフランスからピノ・ノワール(ブラウブルグンダー)が持ち込まれており、この地域の日照と好相性。一部の地域では温かい秋風「フェーン」の影響を受けて良く熟します。
イタリア語圏(スイス・イタリエンヌ)
生産される多くが赤ワインで、栽培品種の8割が1906年にボルドーから持ち込まれたメルローです。穏やかな地中海性気候とスイスでも最も多雨な条件。日当たりのよい斜面でポムロールさながらの豊かなワインになります。メルロー以前は歴史的にボンドーラが栽培されていました。白ブドウが植えられていないため、メルローのうち1/4が白ワインの生産に向けられている点は珍しいポイントです。
スイスワインの歴史
長い歴史
ワイン醸造の歴史は古く、紀元前のスイス先住民族であるヘルウェティ族がからワイン造りを行っていたという説があるほどです。現代にまで続く直接的なワインの歴史は紀元前58年、ジュリアス・シーザーがヴァレーの渓谷を越えてスイスに侵攻したことからはじまります。この時にローマ人によってブドウ栽培やワイン造りが広められました。ローマ人はこの地で使われていたビール樽からヒントを得て、ワイン貯蔵を樽で行うようになりました。5世紀にゲルマン民族の侵攻で衰退、812年にカール大帝の農業振興によって技術が発展しました。この時代のあと聖職者や領主が条件のよいブドウ畑が支配し、城館を建ててワイン造りを行うようになりました。急斜面を開墾してブドウ畑が整備されていき、今日のスイスワインの礎となりました。
近年の歴史
17世紀にローヌ川やライン川を利用したワイン交易が盛んになり、18世紀には多くの観光客が訪れるようになって外国でもスイスワインが知られるようになりました。19世紀後半には鉄道が整備されてシャスラなどのブドウ品種がスイス全土に広がりました。その後は他のヨーロッパの国々と同じようにフィロキセラによる被害やウドンコ病、ベト病などの被害が発生し衰退しますが、20世紀には自然環境に配慮したワイン造りが進められ、高品質・少量生産の国として飛躍しています。
関連コラム
参考
ヒュー・ジョンソン、ジャンシス・ロビンソン/『世界のワイン図鑑 第7版』/ガイアブックス/2014年
ヒュー・ジョンソン、ジャンシス・ロビンソン/『世界のワイン図鑑 第8版』/ガイアブックス/2021年
一般社団法人日本ソムリエ協会/『日本ソムリエ協会 教本2024』/一般社団法人日本ソムリエ協会(J.S.A.)/2024年
一般社団法人日本ソムリエ協会/『日本ソムリエ協会 教本2022』/一般社団法人日本ソムリエ協会(J.S.A.)/2022年