Myfave.
Presented by Jancis Robinson Glass Collection
Vol.1
大越 基裕Motohiro Okoshi
ワインテイスター/ソムリエ
ジャンシス・ロビンソン グラスコレクション ブランドアンバサダー
1976年生まれ、北海道出身。 バーテンダーをしていた’90年代にワインの魅力に触れ、ソムリエを志し渡仏。帰国したその年に実際に資格を取得し、後にフランス料理の名店、銀座レカンでシェフソムリエを務めている。独立後はペアリングの可能性を追求すべく、モダンベトナム料理店「An Di」と「An Com」というスタイルの異なるふたつのレストランをオープン。ワインのみならず日本酒にも精通していて、国際的なワインと日本酒の品評会からも招待される、 食とお酒のスペシャリスト。国際的なワイン評論家、ジャンシス・ロビンソンと親交があった縁から、現在は彼女が手掛けるグラスコレクションのアンバサダーも努めている。
まずは来歴について聞かせてください。大越さんが最初に夢中になったお酒がワインだったんですか?
いえ、最初はカクテルでした。バーテンダーから僕のキャリアは始まってるんです。僕が大学生になるぐらいの頃、まだソムリエっていう職業を知ってる人はそんなに多くなかったと思うんですよね。僕自身もほぼ認識していなかったと思います。
当時の日本はワインやソムリエに対する認識が一気に変わった頃でしたよね。
はい。日本にワインブームが来たのが’97年とかで、その背景には田崎(真也)さんという人がいて、’95年に(世界最優秀ソムリエコンクールで)優勝された……みたいなことがテレビでたくさん放映されていて、僕もワインに興味を持ち始めたんだと思います。バーテンダーはワイン以外のお酒のスペシャリストみたいな仕事で、カクテルやウイスキーとか洋酒専門でずっと勉強していました。カクテルをお客様のためにつくったり、何かを創作して喜んでもらうことに最初は興味を抱いていたので。
ソムリエという職業に興味が湧いたのはどんな部分でしたか?
まず飲み物としてワインというものを理解することの難しさを強く感じたんですよね。バーテンダーがカクテルをつくる中で、世に何年も残っていくレシピを開発するのもすごく大変なことですけど、それとは別で。ワインの場合は同じぶどう品種でも育った土地ごとに違う味が出てくる。同じブルゴーニュでも、村の違いとか畑の違いが出てきたりするんです。お酒を飲んだだけなのにそれがどこでつくられたのか、場所を思い起こさせる、っていうのはなかなか無いなと。
確かに、ワイン以外ではあまり聞きませんね。
しかも出来上がったワインが熟成することでまた味のスタイルが少しずつ変わっていく。「ワインを味覚上でしっかり理解するのって、どれだけ難しいことなんだろう…」って思ったんです。しかも、それが世界中でつくられてるわけですよ。そう考えた時に、「これは一生勉強できるな」と思ったんです。
難しそうだったから、面白く思えたんですね。
一生勉強して、一生追いかけて、一生追いつかないんだろうなって。そう思った時に一番強い魅力を感じました。やっぱり自分の好きなことを仕事にするなら、永遠に追いつかない方がいいと思ってたんですよ。
最初の時点から追いつかないことまで織り込み済みだったんですね(笑)。
はい、「もう無理だな、コレは」と思ってました(笑)。当時のソムリエっていうのはほとんどがレストラン勤務でバーとはまた全然違う世界でした。それが高級店ともなるとなおのことで、そのサービスっていうものに憧れましたね。一流店と呼ばれるようなところで自分が大好きなものを追いかけながら、お客様のためにサーブできるっていう環境に惹かれたんです。バーテンダーもソムリエもサービスマンという共通点はありましたけど、ソムリエになってまずやらなきゃいけなかったのが料理の勉強。お酒の勉強はずっとやってきたけど、料理を勉強しないとお酒に合わせられないから。
食に関して元から興味があったんですか?
いえ、最初は圧倒的にワインでした。レストランに入ってからは他のレストランに行くことにお金を費やすようになったと思います。家じゃなくてレストランに行って飲んでいると、サービスの勉強にもなるので。バーテンダーと違って私たちは味をつくれない分、そのワインがより美味しく飲める環境をつくらないといけないんです。このワインにはこの料理、っていうセレクトだったり、このドリンクに対してはこのグラスがいいとか、どのくらいの時間に抜栓して、どういう温度で出したらいいかとか。ワインのことを理解するのは当たり前で、そういうことの比重が僕らの仕事では大きいですね。
レカンに入られてから、シェフの皆さんとそういう“食とワインの関係性”みたいな話はされたんですか?
入った当初は下っ端なのでシェフと話す権利すらほとんど無かったですね。シェフには「おはようございます!」、「お疲れ様でした!」、それで終了です(笑)。 仲良く話しかけるなんて到底あり得なかった。それに、そもそも僕たちの仕事はシェフと一緒にペアリングをつくっていくことじゃないっていうのが僕の考え方で。シェフの仕事は美味しい料理をつくること、ソムリエの仕事はおいしいペアリングをつくることなんですよ。
なるほど。話は少し変わりますが、大越さんは2度渡仏されているんですよね?
えぇ、最初はバーテンダー時代、ワインに興味を持ってソムリエになりたいっていう意識も明確になっていたころですね。なんか畑によって味が違うらしいし、ロマネ・コンティと、リシュブールは隣にあるのに全然味が違うらしい、同じ品種で同じ生産者が同じつくり方をしても味が違うらしい、なんで?って思ったんですよ。勉強してる中で、行って畑を見たらその理由がわかるんじゃないかな、って。
実際に行ってみて、どうでしたか?
案の定、最初の一か月はホームシックになりました。生まれて初めての海外だったので。
(笑)。それは年の頃にしておいくつくらいのお話ですか?
’99年だから、22歳かな。当時はパソコンはもちろん、スマホも無いから地図を片手に「なるほど、ここはこういう畑なのか…」って。「でも、確かに見る限り傾斜は違うな」、とか。いろんな本を読むと土壌の構成だったりとかいろんなことが書いてあったので。フランス語を学びながら、収穫の時期はちゃんと収穫もできましたしね。
でも、先ほどの話だとすでにフランス再訪は視野に入れていたと思うんですけど、もう一度フランスへ渡るまでには少し時間が空いていますよね?
7年ですね。1回目の時はワインのことしか考えてなかったけど、その7年間でソムリエとしての意識が大きく変わりました。2回目はもうやることが決まってたんですよ。どこに行って何をするかっていう。具体的には醸造学と栽培学の勉強をしたかったんですね。フランスに行くならレストランで働きたい! っていう人は多いし、僕も研修では行ったけど、ソムリエとしての動きやレストランでの経験は日本ともさほど変わらないと思っていたし、もうそれは7年やってる。それよりも僕が欲しかったのは生産者との共通言語だったんです。そうすることでワインのことをもっと知れる、それを知ればもっとお客さんに還元できるんじゃないかって思ってたんです。
実際自分で醸造栽培を学んだ後に自分が魅力を感じるワインって変わりましたか?
そうですね。 クオリティのアセスメントはそういう知識が無くても味覚上で出来るんですけど、そこが理解できるようになってると、生産者の意図が見えてくる。ある程度強い抽出をしてくるタイプなんだな、とか。腐敗酵母だったり揮発酸だったりとかいろんな香りがある中で、そういうものはあるけど味のバランスは取れてるよね、っていうワインも沢山あるんです。醸造学的にオフフレーバーとされる香りでも、僕らが飲むことにとって必ずしもオフであるとは限らないんです。むしろ複雑性はオフフレーバーがつくってくれることも多いので。僕はそういう不安定なワインを普段よく使うので、それを使うのであればそれが不安定であることを理解して使いなさいってのが僕の考え方ですね。そう考えていたらどのスタイルのワインも扱えるようになりました。ナチュラルワインからクラシックワインまで世界中の物を。そういう意味で、僕にとって必要なことだったなと改めて思います。
大越さんのワイン愛がすごく伝わってきます。ご自身が一番ワインを飲んでいて幸せだなと思うシチュエーションは?
そうだなぁ。一番美味しくワインを飲めるのは、やっぱりレストランですね。どこかのレストランで良いサービスに、良いワインに出会えたら最高です。やっぱり料理と一緒に楽しみたいっていうのが一番にありますから。食あってのワインだなっていうのは本当に思います。まぁ、実際はどこでも楽しく飲むんですけどね(笑)。つい先日も仕事の後に自分のお店の上の事務所で、友達と3人で飲んでたりしましたし。
大人の基地みたいで素敵ですね(笑)。
ワインがあれば人が集まれるし、僕はおいしさをシェアしたいから。ひとつのワインでも、飲む人によって出てくる言葉も違えば楽しみ方も違ってくると思いますし。開けてからちょっと時間が必要なものなので、その変化を楽しみながらっていうことになるとやっぱり小1時間から2時間くらいは必要で、その時間を一緒にシェアしてやっていくのが楽しいです。それでワイワイガヤガヤしている時でも、最初の一口でみんな「いいねこのワイン」っていう話になりますしね。そんな話に花が咲くっていうのがワインの楽しみなのかなと思います。
今日は赤・白1本ずつ開けていただきましたが、どちらも同じジャンシス・ロビンソンのグラスで飲まれていましたよね?
はい。自分のお店でも同じものを使ってますよ。このお店を開いた5年前にはまだジャンシス・ロビンソンのグラスはなかったんですが、最初っからグラスはワンサイズで通しています。元々レストランサービスにおいては、よっぽどの高級ワインでない限りは万能型のワングラスでいけるな、と思っています。その中でジャンシス・ロビンソンのグラスが発売されたので、ジャンシスの“1サイズですべてのワインのために”っていうコンセプトはすんなり入ってきたんですよね。「やっぱりそうだよな」って。
共感を覚えた、ということですよね?
そうです。容量的にもほとんどの場合に対応できるし、空気接触面の広さもこのくらいあれば十分だしピークが下にあることで香りを保持するところもたくさん取れる。丸みを帯びてるから回しやすいし、香りが揮発しやすいし……と利点がたくさんあるんですけど、それはジャンシス本人にロンドンで会って、「このワイングラスを日本に輸出したいんだ」っていう話を聞いた時から感じていました。僕と(マスター・オブ・ワインの)大橋(健一)さんとでそのグラスを借りていろんなワインをテイスティングし続けてたんですよね。それで「このグラス、こういう点がいいね」、となったのが最終的に自分で愛用するようになった経緯です。普通のレストランで扱うようなワインはほぼ全部楽しめるので、 よくできてるなぁって。
たくさんの人にワインを美味しいと思ってもらうこと、ワイン人口を増やすことが僕らの使命。
実際の彼女はどんな人なんですか?
チャーミングな人ですよ。カドもないし、怖くもないです(笑)。気の良い方で、ワインが本当に好きなんだなと思いました。旦那さんが食のジャーナリストでもあるので食にも関心が深いみたいだし、すごく探究心の強い人ですね。
そうなんですね。でも、大越さんにここまでお話をうかがって、ワインをあまり敷居の高いものと感じなかったのが少し意外でした。
僕はたくさんの人にワインを楽しんでもらいたいんですよ。よりたくさんの人にワインを美味しいと思ってもらうことと、ワイン人口を増やすことが僕らの使命なので。一部のブルゴーニュの高級ワインは本当に美味しいけど、数は少ないし値段もすごく高い。それしか無かったらワイン人口はもう二度と増えないと思うんです。だけど、僕はワインごとの味の違いが好きなんですよ。おいしさの頂点だけを求めてるわけじゃないんです。
美味しいワインが1種類だけあっても、大越さんにとっては意味が無いんですね。
最初に戻るんですけど、僕が何でワインに興味を持ったかと言うと、畑ごとに味が違うから。おいしいことが前提だけど、面白かったのはそこなんです。 味で言えばブルゴーニュのものが一番好きかもしれません。だけど一番好きなものだけがあれば良いとは微塵も思わない。実際ワインの世界はそうじゃないし、いろんなものがあっていいはずだから。
大越さんの行動や考え方が 全部やっぱりワイン文化の繁栄に向かってるんですね。
僕はワインに育ててもらったので、やっぱりワインに恩返しがしたいです。日本は世界中の良いワインが入って来るし、世界で最もクオリティの高い食事が食べられる国です。しかも、世界中の料理が。だからこそいろんな味を、いろんなワインと楽しんで欲しいなって、そう思うんです。
「僕が好きなのは、凝縮感があっても抜け感があるワイン」という大越さんが選んだのは、イスラエル産の「ツォラ・ヴィンヤーズ ショーレッシュ ブラン2020」と南アフリカ産の「リチャード・カーショウ・ワインズ エルギン クローナル・セレクション シラー 2016」の2種。どちらも日照量が多い土地で、温暖なイスラエルは標高が高く夜間温度が低いこと、また南アフリカは冷涼産地のエルギンで栽培されていることが特徴。いずれのワインもきれいな味の余韻と軽やかな風味が楽しめる。